リンゴの涙は紅茶のなみだ
ひとなつ
私は、かよわい手首
白銀の傷痕を握りしめるのがやっとのことだけど
「私って、キレイでしょ」
かよわい手首はコクリと頷くように
リンゴを突き刺した
「私の白銀の傷痕の切れ味を肯定してよ」
手首がそう言うと
リンゴは、まるで自分の運命を知ったように
砕けて、花びらのように散った
「嗚呼、無惨だわ、無惨だわ無惨だわ」
あおむけに、ひらかれた、ものいわぬ果肉は
白い浴槽に投げ出された
「でもね」
その陶器のような白さよりも
私はもっと白々しいのよ
私は、あたかもそれを偶然目撃した清掃婦のようにこう尋ねた
「ひどいわ、誰がやったの?」
リンゴの花びらは涙を浮かべた
清掃婦のわざとらしさにもすがる思いで
涙を滲ませながらも、それを拭きとった脱脂綿には微笑を含ませ
なぞなぞの本をめくるように軽妙に、
自らに問いかけた
私はなぜ、微笑むの?
リンゴは即答した
「騙されるのが大好きだから」
それは胃がムカつくぐらい
あまりにも正解だったので
手首は歌った
♪リンゴの涙は紅茶のなみだ ♪
♪リンゴの涙は紅茶のなみだ ♪
アップルティーというものがあるらしいが
それとはまた違うようだ
リンゴは、まるで自分の運命を知っていたように
アールグレーの紅に染まっていった
白い浴槽、
紅に浮かぶ赤、
「でもね、」
そんな生理みたいな紅色よりも…
「私って、キレイでしょ?」
しかし
そこには、それを言ったはずの「私」を含め、もうだれもいなかった