割引券
小川 葉
ハンバーガーショップで
別れたばかりの彼女からもらった
割引券を使った
本当は君を思い出すために
取っておきたかったけど
期限が迫ってたので
海老フライバーガーを注文した
海老フライバーガーができあがる頃
割引券は三つまでご利用いただけます
と記されていることに気づいたので
僕はもう二つくださいと店の人に伝えた
別れたばかりの君と
それから生まれることのない
二人の子供の分まで
注文してしまった
鞄を置いて取っていた席に
三人分の海老フライバーガーを運ぶと
そこには知らない女の人と
知らない子供が待っている
僕が驚くと
二人も驚いた顔をしている
僕は取り乱さずに
記憶の糸をほどいていく
「おつりちょうだい」と
女の人はまるで妻のように言う
「どうしておつりがこんなに多いの?」
と僕に問いつめるので
困ってしまって
「手を洗ってくる」と
その場を離れてごまかした
ふたたび席にもどると
女の人と子供はもういなかった
二〇〇三年
その日僕には
まだ妻も子供もなかった
三人分の海老フライバーガーを
割引券で注文して
途方に暮れてしまっていた
ひとりの男だった
割引券を使わなければならないことや
手を洗いにいくふりをして
ごまかしたりしなければならない
日々がやがて来ることなんて
僕はまだ知らなくて良かった
家に帰ると僕は
「おみやげだよ」と言って
海老フライバーガーを妻と息子にあげた
二人とも喜んでいたけれど
「お金どうしたの?」と
妻が心配そうに尋ねるので
「割引券使ったんだ」とこたえると
なんとなく納得したような顔をしている
海老が足りないと息子が不満そうな顔をしてるけど
僕は手を洗いに行くふりをしてごまかした
手を洗って戻ると
妻と息子はいなくならずにそこにいた
きっと君も誰かと結婚して
おそらく子供と一緒に
僕が君にあげた割引券のようなものを
使ってしまった時のことを
思い出しているのかもしれない
たった今
君に別れを告げるための
手紙を書き終えて
ポストに投函しながら
これから訪れる
未来を受け入れることを
静かに誓った