脳内麻薬
渡 ひろこ

電話のあなたの声がしゅるしゅるとしぼんでゆく
タイムリミットは15分

「ウルトラマンのカラータイマーみたいね」

3分の5倍あると思っても
沈んでいくあなたを掬いあげられないまま
電話を切る
着メロの悲鳴の向こうにある闇を
わたしは未だに知らない



つかの間の休日
緩んだ陽差しの中、つないだ手が冷たい
指をからませようとも
力なく為すがままのひとまわり大きな手
この間ふいにわたしに触れた、男の手の方が熱かった
体温さえも奪ってしまう
あなたを疲れさせたものは何だったのだろう
病んでいるカタチもわからないまま
朧気な輪郭だけをなぞっていく



あなたを壊れない頑丈な椅子だと信じていた
何の疑念もなく背もたれに身体を預けて
無邪気な童女のままでいられたのは
つい昨日のことのようだったのに
ある日突然
膝から降ろされ
剣山の上に立たされた




ああ…
痛くない、痛くない

そう言い聞かせながら、頭の中で少しずつ麻薬を溶かす

自分を騙すβエンドルフィン

去年わたしたちに降りかかった大きな礫に
圧し潰されずに済んだのは
受け入れる という正しい用法に従ったから
もう二度と使いたくないのに
今年もまた姿を変えたメフィストが
無表情に内なる処方箋を渡してくる



足を滑らせ、ブクブクと臭気を放つ鈍色の沼に
わたしたち二人呑み込まれぬように
細く裂かれた神経を麻痺させて
かろうじて踏みとどまる



このまま薄いグレーの真綿で
三歩先の未来はふさいで

たゆたうまま、痺れたまま
寄り添って歩く




さっきより高くなった陽差しが
草むらに乱反射する


雲雀が囀りながら
自分たちのテリトリーを守っている



いつかもがれた羽が戻ってくるのだろうか



からめた指をほどいて
あなたからつないでもらう



今度は少しだけ強く握ってくれたような、気がした









自由詩 脳内麻薬 Copyright 渡 ひろこ 2009-05-15 21:14:43
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