美しいもの
八月のさかな



木々、たいよう、風、ねこ、ひとみの色と涙のあと
クローバー、すずめ、子供たちの無防備なからだ

誠実、不誠実、夕もやに消えたため息の影
妊婦のおなかと、マニキュアのはがれた爪

海、砂、こもれび、タピオカ、腰をおろしたしめった芝生
彼の二の腕、おなか、まつげ、触れようとするわたしの細い指

くも、バイク、煙草のけむり
鏡にうつったわたしの髪の毛とまぶた

後悔、後悔、自責、彼の手、ゆび、くちびる
ひまわり、生クリーム、レタス、コカ・コーラ

彼がわたしに吐いた嘘、ずるさを優しく見せようとする残酷さ
わがまま、嫉妬、妥協、キス、ハグ、セックス、耳、ゆび、ゆび

ぬくもり、冷たさ、賢さ、弱さ
ほんとうは捨てたくて仕方ないこんなちっぽけなプライド

やるせない、どこへぶつければいいのかわからない、
この、悲しみ


世界はこんなにも美しいもので満ちていて
あらゆる美しいものがわたし目がけて敵意をあらわにする

わたしはひとり、いつもひとり
わたしの世界のまんなかで、その幸福に咽ぶ

どうしてみんな、苦しくないの
どうして平気な顔して、立っていられるの

泣いていたい笑っていたい悲しみをいつもそばにおいて
誰よりもしたしいともだちでいたい

わたしは美しいものが悲しいことを知っているのに
わたしは悲しみが幸福であることを知っているのに



自由詩 美しいもの Copyright 八月のさかな 2009-05-11 21:30:39
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