海の人
ふるる

小さな巻貝の奥に
灯りがともる
小さな海の人が
書き物をしている
波から聞いた話を
青いインクでしたためる
書き終えると
小さくてごく薄い紙片を
丁寧にたたみ
小さな封筒に入れて
小さな切手を貼り
通りかかった魚に託す
ゆうべ、波打ち際で泣いていた女の子
あの子に届けて欲しい
魚は海鳥にそれを預ける
お礼に 鯨が失恋したことのてんまつを教えるから、と
海鳥はくわえていって
今夜も波打ち際で泣いている女の子のひざに落とす
小さな花びらのような手紙
封はひとりでに開いて
ごく薄い紙片がすべり落ち
女の子のひざの上で消える
女の子は波の話を聞いたような気がして立ち上がる
約束の日に向うの国から
船に乗り帰って来るはずのあの人は
死んだのでも、女の子を嫌いになったのでもなく
鯨のしつこい恋から逃げなければならなかったのだと
鯨はどうやら諦めて
今頃は海底で深く青いため息
大きな泡を女の子は見た気がした
あの人は、帰って来る
女の子は胸に灯った希望を抱いて
涙を拭いて歩き出す
小さな海の人は魚からそれを聞いて
やれやれと首をふり
小さな巻貝の奥でベッドに入り
小さな灯りを消し
穏やかなねむりについた


自由詩 海の人 Copyright ふるる 2009-05-05 13:28:23
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