実り
殿岡秀秋

尻が黄緑色の赤いりんご
地球の頬が凹んだ形
よく見ると日本列島のあたりに
小さな傷がある
皮ごとかじると
茶色のしみになっていて
セピア色の記憶がよみがえる

家族で
伊豆の修善寺に泊まった
旅館の裏庭で
三方を深い木々に囲まれた広い池の中に
能舞台が立っていた

家には風呂がなかったので
七歳のぼくは和風建築の
ところどころにある風呂に入っては
走って父母がいる部屋にもどり
しばらく休んではまた手ぬぐいをもって
別の風呂に走っていった

緑の池に群れをなして泳ぐ緋鯉や真鯉と
脚を池の水に濡らして立つ
寡黙な能舞台を
風呂場から眺めた

夜は家族で
露天風呂に行った
岩で囲まれた広い浴槽で
父は平泳ぎをした
ぼくは石の床を走って転んで
脚を岩にぶつけた
父が危ないといった

ぼくは向うずねをかかえてうずくまり
痛みをこらえた
翌朝には青痣になった
このことさえなければ
とても楽しい旅だと思った

何かひとつ欠けている
そこにしみができる
小さくても
気にかかることがある
そんなものなのだと
了解するのに
長い月日がかかった
それでいいのだと
思えるようになるまで
さらに長い月日が必要だった

実るには
傷を
巻き込みながら
丸い形になる
時間が必要だ
コトバが様々な色彩と陰影をはらんで
結晶するときにも


自由詩 実り Copyright 殿岡秀秋 2009-05-02 20:19:55
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