はるか
木屋 亞万

はるかはさめざめ泣いていた、どうして泣いているのか尋ねても何も答えてはくれない、黙って首を横に振るだけだ、それは違うという意思表示ではなく、話し掛けるなという拒絶だった、誰でも一人になりたい時はあるだろうし、余計なお節介は迷惑でしかないだろうから、いつもならば黙ってこの場を去るだろう、話し掛けること自体しないかもしれない、しかし彼女が泣いている場所を考えるとそうは言っていられない、はるかは僕の瞼の裏で泣いているのだ、最初に現れたのは4月の終わり頃だった、すべての仕事を終えた僕は、あとは静かに眠るだけとなった、そのときに目の裏の闇に吸い上げられるような感覚を受け、はるかの背中が目の前に現れた、白いカーディガンの背中が揺れている、鼻を啜る、ぽたぽた涙が落ちてゆく、背中にかすかに浮き出る下着の線が見えるほど僕は彼女に近づいていた、彼女に話し掛けても反応はするが答えてはくれない、はるかが泣いているのは、花粉症かとか、山葵が効き過ぎたのかとか、映画に感動したからかとか、缶コーヒーが温か過ぎるからかとか、いろいろ聞いてみたけれど、どれも違うようだった、あれからもう三年になるのに、彼女は相変わらず泣き虫で、さめざめという擬音が似合う、彼女はふと顔を上げて、こちらを振り返らずに「もう4年目よ」と言った、そうか、もう春か、僕が君の背中すら丁寧に見なくなってかなり経つのだ、それは互いの世界からお互いが死んでしまったような年月だ、一緒に生きていようと決意し、ずっと傍にいてもいいとすら思っていたというのに。それでもまだ遅くはない、はるかも僕もまだ生きている、そのことを知らせるためのはるかの背中なんだろ、だから瞼から出ておいで、はるか

僕は手を差し延べた、
はるかは首を振った
彼女が僕に篭城して
もう4年になるようだ
街中で白いカーディガンを見ると
号泣してしまうほど、僕は弱っている
けれど、尋ねてくる誰に対しても
この事情を上手く説明できないでいる
僕は設問に何度も何度も首を振る
女がしつこく話し掛けてくる
頼むからそっとしておいてほしい


自由詩 はるか Copyright 木屋 亞万 2009-05-01 01:50:02
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