恐ろしい生き物
光井 新

 寂しむザリガニが一匹、紅一点鮒達の中で泳ぐ金魚に見蕩れていた。今まで見た事の無かった金魚の美しさに唾を呑みながら、ザリガニは近寄る事のできない自分にもどかしさを感じていた。
 そこに金魚が、鮒達の「危ないよ」という制止を振り切り近付いて来た。
 金魚は「あなたも一人ぼっちね?だって周りに誰も居ないもの」と訊ねたが、その問いにザリガニは答える事ができなかった。近寄る生き物は全て、この辺に居た同族のザリガニさえも食べてしまった、その過去を語る気にはなれなかった。
 暫くしてザリガニは「お前は一人ぼっちじゃないだろ」と言うと、ハサミで水中を切って見せた。
 それを見た金魚は「凄ぉい」と言いながら、ザリガニのハサミに尾鰭で触れた。
 驚いたザリガニが「お前、俺の事が怖くないのか?」と聞くと、金魚は「全然。だって仲間じゃない」と答えた。何の事だか解らなかったザリガニは、暫く考えた後に「ああ、色の事か」と言った。
 金魚は暫く黙った後に「私もこの池に来てからずっと一人ぼっちなの」と言った。この言葉を聞いたザリガニは、鮒達に馴染めない金魚が虐められているのだと思った。
 ザリガニは「お前を虐める奴は俺が後で懲らしめといてやる。だからもう帰れ」と言った。
 しかし金魚は「さっきも、止めるみんなの事を振り切って来ちゃったし……」と言って、帰ろうとはしなかった。そして「私、あなたの事好きよ。でもたぶん、帰ったらもう二度とあなたとは会えない気がするの。だから私、ずっとここに居る」と言った。
 ザリガニは呆れた風に「勝手にしろ」と言い、二人の生活が始まった。

 金魚と一緒に居る間、ザリガニは何も食べなかった。もしも自分が食事をしている姿を見られれば、怖がって金魚は自分の元を去ってしまうとザリガニは思っていた。
 そんな生活の中でザリガニは、日に日に弱っていきながら穏やかな気持ちになり、このまま死んでしまうのも悪くないと思うようになっていた。
 いよいよ動けなくなってしまったザリガニは、意識の朦朧とする中「お前と一緒にいて楽しかった」と金魚に言った。
 すると金魚は「すぐに食べ物を持ってくるから待ってて」と言い、何処かへ行ってしまった。

「こっちよ、こっち。もう死んだから大丈夫よ」
「そうか、どれどれ。昔は虐めたりしてごめんね」
 ザリガニが最後の力を振り絞って目を開けるとそこには、一匹の鮒と、初めて見る、自分よりも恐ろしい生き物が居た。


自由詩 恐ろしい生き物 Copyright 光井 新 2009-04-29 07:04:55
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