眩しいため息
木屋 亞万

椅子に深くもたれかかり
こめかみを押さえる、溜め息は青い
彼女の顔の色はモノクローム
見る者が自分の色覚を疑うほどの、
肌は飽和を通り越した砂糖水の白さ
髪は宇宙の広がりを押し留めた黒さ
皺のつくことのない黒のスーツ
複数の窪みがさりげなく影を落とす白シャツ
男が見る夢は常に無彩色


夜に独占された駅で電車を待つ
彼女は顎を緩めて空の足元を眺める
色男を靴からチェックするように
白いニットの帽子が揺れる
電車が二本、目の前を通過しても
彼女の網膜には空しか映らない
電車は彼女を見る目すら持たないで
足元の線路を高速で突き進むのみ
彼女が無人の駅でついた溜め息は
どの電灯よりも夜空を照れさせた


制服姿で自転車を漕ぐ
太陽の鼓動だけが聞こえる夜明け前
橋の手前、信号機に足止めされて
彼女はそっと河原に目をやる
夜通し流れ続けた川の水と、身体を駆け巡る血液が
朝の冷たさに熱を奪われてゆく
空はかすかに表情を緩めて、
足元から氷解していく気配を見せている
彼女は鼻から息を吸い上げて、目を冷まし
脳内の気体を循環させる


うつくしい女性の溜め息が地球を動かしている
眩しい朝に息を吸い、静かな夜に息を吐き出す
彼女を始めて見た時に、
あの呼吸が地球を回していると確信した
あの青い息こそが、この星の源なのだ
たとえ彼女の息が青さを失おうとも
その息が途絶えてしまうことがあっても
それでも地球は回っているだろう


彼女の深呼吸が地球を回しているということ
あの青い息が見えるところまで近づいたことがあれば
誰もそのことを疑ったりはしない


自由詩 眩しいため息 Copyright 木屋 亞万 2009-04-27 23:20:11
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