名前
葉leaf

 名前と名前が結婚して名前が産まれる。だが、名前は単身で別の名前を生み出しもする。名前が名前を生む鎖状の射影、その核にはさらに名前が含有されている。例えば画家が一筆一筆名前を連鎖させていく、その様式の核に散った名前がその絵の題名だ。
 死んだ名前の堆積する都市にて、ほつれ続ける建築の茎は、名前を重力の焦点で溶かして、存在の速度として甦らせる。夜になれば建築の窓には一斉に名前が点灯する。「905号室の明かり」という名前は、905号室の明かりの存在する速度に他ならない。
 分裂した名前が響き尽きる大陸の、声紋と声紋とが差異を盗み合う土地で、私はかつて、「広田修」という名前だけでなく「私」という名前すら失ってしまった。「私」は存在の角度として分掌され、声紋の結び目に成り下がってしまった。すると、私の存在は速度を失い停止した。私はもはや外部に到達できず、地面を打ち鳴らすことも友人と名前を交換することもできなくなってしまった。ただ、私の停止した存在の内部では、名前の社会が、名前の階級と房を作っては、速度の名前を継ぎ合わせていた。そこから連鎖した「私」という名前の名前、つまり「私」という名前の存在の速度が数でできた斜面を開き、「私」が私の存在の外部へと潜行することで、再び「私」が私を韻律で囲み、私は存在の速度を充填して外部へ到達できるようになった。
 罪を重ねた温度の名前が増幅する大陸の、稜線と稜線とが出生を欺き合う土地で、私は無限個の名前を得てしまい、それが現在まで続いている。私の存在の硬度は全て体温へとつぎ込まれ、私の名前は稜線と直交する時間の先端の数だけ増殖した。すると、私の存在は限りなく速く移動するようになった。折り重なる闇へと手を伸ばせば掴取力は宇宙の限界まで跳び私は闇を速視することしかできず、友人に呼びかければ声はあらゆる距離を負の距離に換えて友人を跳び越えてしまう。私の存在の内部は名前を連鎖させるだけで消滅させない。再び名前が分裂し響き尽きる大陸へと行くしかなさそうだ。この物語もきっと、無限大の速度であなたを通過してしまうだろう。あなたがもしこの物語を読めるとしたら、あなたもまた無限個の名前を持っているに違いない。



自由詩 名前 Copyright 葉leaf 2009-04-27 19:49:19
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