愛の言葉
小川 葉

 
 
あんたなんかね
あの時あたしを
見捨てればよかったんだよ

三十半ばを過ぎていた
あの時僕は妻と結婚した
僕の意思で子供をつくったために

安定した職に就いている
幼なじみと
今の妻を見捨て
結婚しようと考えていた時が
同じ頃にあった

あの時
ろくに恋もしないまま
幼なじみと結婚していたならば
いったいどんな未来が
今になっていたことだろう

妻と結婚して
死ぬほど働いている
本当に
死ぬほど

幼なじみと結婚してたら
僕が死ぬほど働く今なんて
なかったのかもしれない
だからそれでは
自分がだめになっていく
気がして
妻と結婚することに決めたのだ

けれど
ふと思う
今の自分だって
また違う意味で
だめになってるんじゃないだろうか
お金はぜんぜん足りないし
愛だって

今日そのことを
幼なじみに電話して話そうとした
けれど出なかった
四年前なら
さっき旦那がいたから
と言い訳して
電話をしてくれたけど
今日はそのようなこともなかった

幼なじみも
僕が大切にしたいものと
同じものを
すでに持ってしまっているのだ
家族というものを

あんたなんかね
あの時あたしを
見捨てればよかったんだよ

叫ぶ妻に
僕は怒鳴って言う

見捨てられなかったんだよ

喧嘩して
交わしあう言葉さえ
愛で満たされはじめている

不安な顔をして
見ている息子が
そこに立っている
 
 


自由詩 愛の言葉 Copyright 小川 葉 2009-04-26 04:45:46
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