未刊
モリマサ公

メモ
あまり記憶がないので
自分の子供時代の話を母から聞く
3つで小児喘息がはじまったのであまりスポーツに熱中した覚えが無い
水泳とクラシックバレエをやっていた
小学校に上がる前から本読みだった
マンガを禁じられていたので本を読んだ
発作などでベットにいる時間も長いのでやはり本を読んだ
小学校のとき枕元には左右高く本がつまれていたという
小学校のまんなからへんからあまり学校にちゃんとした時間にいかなくなった
中学校も高校も5時間目や6時間目に登校する事が多かった
テレビの前に一日中座っていたとのこと
面白い事があるとノートにメモをとりながらテレビをみていた記憶がある
予備校に行きだして楽しいというかんじが時間を支配する量が増える
受験で結局女子美術短期にしか受からず
そのまま進学した事を今も後悔している
そのあと結局どうしたらいいのかわからなくなった
いずれにせよどうしたらいいのかわからなくなる運命だったかもしれないけれど
23でスノーボードをはじめたとき10年続けよう
と一人決心する
10年目の四月に子供がおなかにいることがわかり
スノーボードをあきらめようというきになる
結婚し一年過ぎると夫は大麻を月に二回くらい買いたいというようになり
最終的には仕事を辞め他の女にのめりこむ
このころには覚醒剤やコカインに流れて行ったようだ
スノーボードをやめて2つ目の冬(ひか1歳とちょっと)
あたしはひかともども母のもとにひきとられる




20080222
スノーボードは覚醒剤と同じで中毒性はあるが
それらドラッグにまつわる副作用の症状のそれはない
家族をそしりお金といったものをつぎ込む傾向はおなじである
ドラッグの起こす覚醒や無敵感や快楽はおなじではないかとおもわれる
しかしあたしは残念なことにドラッグによる特筆すべき経験をしたことがない
あたしが経験したのは何度かのバッドトリップと愚鈍な感覚のそれだけである
ドラッグとスノーボードのおおきな違いは
自分自身の内なる力を自分自身により引き出すか
ドラッグというツールを使用することによって引き出すか
経験する過程や後から来る副作用の経緯である




昨日書いた日記に重要なことを書き忘れてしまった
それは「スピードが重要」だということ
正直しらふでは怖いとおもうスピードがアドレナリンみたいなもので怖くなくなる瞬間があり
その「スピード」がないとうまくスノーボードができない
一種のキレる瞬間のようなものを超えたところにあるスピードが重要
これはしらふではない人々が味わうことのできる唯一無二の状態のこと
しらふで「キレる」というのはすばらしい体験のようにおもう
そこにたどりつくまでの葛藤とかやり遂げたあとの充実感とか成長
キレている間は時間が一コマ一コマすべて美しく満ち足りていて宇宙と一体の感覚があり
何も怖くなくただ自分のやっていることが正しくかんじる
この辺はドラッグの生み出す効果と一緒
こういう状態をえたいがためにドラッグに手を出す人々がいる
なぜならドラッグは手軽にこういう状態を作り出せるものらしい
ドラッグは依存し始めると効き目が弱くなるのでだんだんと回数や量が増えて
最終的には効かなくなるという欠点がある
それに付随するよくない倦怠感とか脳が壊れるとか
あまりいいことはない
脳が壊れたら自分が自分のおもっている成長をとげることができないのではないかとおもう
簡単に得られるそれらの快楽に持続性がないというのがわかっても
「努力や忍耐から得られる快楽」を知らないもしくは
「快楽を自分で作り出せない」そういう人々の快楽にとって
ドラッグはある意味必須なのかもしれない
こういうことかもしれない
よくできた義手とか義足のことを連想する
人工による知能/コンピューター
体験ににているけれど機能がちがうものたちのことを



自由詩 未刊 Copyright モリマサ公 2009-04-20 23:39:12
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