書簡の柩
蒸発王
彼女の寄越す手紙には
決まって
花びらが添えられていた
『書簡の柩』
それは時に
桔梗であり
朝顔であり
胡蝶蘭であり
種類は定まらず
時には花びらだけでは
何の花か解らないものもあったので
彼女からの封書を開ける時には
小さな植物図鑑がお守りになった
いずれにせよ
それらの花は
皆
外つ国で暮らす
彼女からの
季節の贈り物であって
海を隔てた私に
彼女を感じさせるものであった
不器用な彼女は
文章は言葉足らずなものの
花びらの色や形
言葉を調べるごとに
手紙よりも雄弁に
それらは彼女の心を語った
私も真似事に
自分の国の花を一輪贈って見たが
どうにも照れくさく
それっきりだった
仕様の無い人ね
と年に何回目かの逢瀬の時に
彼女は笑った
20年
私たちはそうした関係だった
長すぎた春によって
彼女への思いが
恋か愛か見分けの着かない
情に煮込まれ
結局お互いに結婚もせず
海をへだてて
こんな遠距離の恋文だけを交わすのみだった
そして20年がたった頃
彼女からの便りが途切れた
住所を尋ねても別の家が建っていて
まるで
煙のように彼女は消えて
彼女の手紙達はそのショックで
全て燃やしてしまったが
沢山の花びらだけは
黒い箱に入れて
目に見えない所に隠していた
それから何年かたった
春
彼女の名前で封書が届いた
見るとそれは彼女の弟からのもので
彼女の死を知らせるものだった
彼女は病で
体の筋肉が徐々に死んでいく病で
それは最初に
指先に発祥したらしい
しかし其れを私には伝えるな と
弟に釘を刺したそうだ
彼女は震える手で最後の手紙を書いて
いつものように花びらを入れて
この手紙が届くときは
私が居なくなった時です
と弟に手紙を託した
彼女の最後の手紙には
病のことなど書いて無かった
がくがくした文字列が
たわいもない日常を綴るだけ
其の
最後に
白い
もうしわくちゃに成った
アイリスの花びらが同封されていた
私が最初で最後に送った
私の国の国花だった
黒塗りの箱に
その最後の花びらを入れた瞬間
ようやく
私は彼女の死を正しく認識し
箱の底に一面に広がる彼女の残骸に
目を
上手く
あけていられなくて
静かに蓋を閉じて
土に埋めて
懺悔のように
彼女に告白した
『書簡の柩』