私達の美しい獣
千月 話子
あの頃
私は叙情の生き物で
君の全てが詩歌であった
差し出された手の平に
丁度良く収まる
この手を乗せると
合わさった部分は
いつもほの暖かく
淡い色合いの空気が
ぐるりと囲む気配がした
私達の体温は
3月のような春で
さくらんぼの香りが
鼻先を通り過ぎ
誘い出された私の手が
君の手を離れると
寂しげな平から
白い蝶がさらさらと
1羽生まれ舞い上がるのだった
数歩ほど離れると
そこは冬の始まりで
追い付いた白い羽から
零れ落ちるのは
ぼたん雪
凍える息を吐きながら
ようやく我に返ると
日溜りに咲く花のように
柔らかく君が微笑んでいた
素直にただいまと言えない
代わりに君の手を取って
2人して目を閉じた
目の奥から濃紺がやって来て
次第に鮮やかな青に変わると
互いの心臓から
1日で1番穏やかな波の音がした
私達の
ぎこちなく繋がれた手の平は
やがて記憶を取り戻したように
私の手が君の形に
君の手が私の形に
変わって行くのだった
繰り返される季節を歩き
いつか君を失くしてしまっても
この手は君を忘れない
私の叙情の生き物が
この平を棲家にして
また 美しい歌を詠うのだから