無菌室
狩心

キーボードの『C』を取り外し ポケットに入れて持ち歩いている
一人じゃ可哀相なので 隣の『V』も取り外し ポケットに入れた
昨夜 板チョコを三十一個も食べて 気持ちが相当悪くなって 眠った
朝起きたら目の前にキーボードがあって 巨大な板チョコに見えて恐かった
三十一階建てのマンションの 最上階に住んでいる私は
眠いという感覚と 恐怖という感覚を思い出し 玄関から勢いよく飛び出した
故障中のエレベーター 下りていく階段は板チョコに見えた
恐くなって 一段抜かし 二段抜かし 三段抜かし 下りていく
加速していく肉体 階段の傾斜はきつくなり 滑り台になった
川の中にいる気分 蛇に食われた卵の気分 絡み付いてくる胃液
マンションに排泄された私は 階段に摩擦されて 身体が熱くなっていた
ポケットをまさぐると 『C』と『V』が溶けたチョコレート
それを食べて私は キーボードになった

朝です、
全部忘れてください
一杯の珈琲をどうぞ
飲み終わったら それを飲んだこと自体 忘れてくれませんか
そしたら多分 新しい珈琲がもう一杯注がれているか
飲んだはずの珈琲が 飲む前の状態と変わらずに そこにあるはずです
そして私と会ったこと自体 全て忘れてください
あなたの目の前に珈琲はありません
あなたはまだ夢の中です
夜です、

パソコンの前で
苺を水で洗って食べています
点滅する白い画面と苺 美味です
手元の苺が移動して 液晶画面の中へ
無味無臭になった苺が 笑って踊って増殖
その重さに耐え切れず 潰れて
画面は真っ赤になります
甘い匂いが立ち込めて 手元の皿には薄く水だけが残る
その水面に映る私が苺になって 部屋がパソコンになる
同居している恋人に 後ろから羽交い絞めにされて キスされる
私は頭を画面の中に突っ込んで ぶくぶくと泡を出し窒息
パソコンの電源を消して 首を切断
真っ黒い画面に落下していく頭部 どんどん小さくなって黒い点になる
この真っ黒い画面が 切断された頭部の無数の集まりだと知る
パソコンの電源を点ける
真っ白い画面が点滅 無数の白い点 それが皿の集まりだと気付く
ズームインしていくと 皿の上に沢山の苺 まだ洗われていない 土の匂い もしくは農薬
私は画面の中から 苺を取り出して 台所へ持っていく
ふと後ろを振り返ると パソコンの前で恋人が苺を食べています
画面が真っ赤に染まる 笑い声が聞こえて
好きなんですねきっと 私の事が
ピンポーンってインターホンが鳴って走って ドアの覗き穴から外を覗くと
そこに別の恋人 部屋の電気を消して 私達は真っ黒い画面になる
ドアを開くと電子音 真っ白い光
新しい恋人は落下していく


自由詩 無菌室 Copyright 狩心 2009-04-14 12:26:50
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