慰めの匂い
プテラノドン
夢が現実になることは、そうそうないのだから心配いらない。
何より、こうして今、喋っているのだから
「死んじゃいないよ」と僕は言った。二日続けて
僕が死んだ夢を見て電話をくれた友人に。三日目の晩に。
心底安心したような声が受話器から聞こえた。
それが嘘でもー、嘘なら尚更、僕が死んだ時も、
そんな風に笑ってくれよ。そう言って、電話を切った。
夜中の一時を過ぎたところ。僕は身体を起こして窓を開けた。
オレンジロード。街灯のみに照らされた国道。
僕はその時思い知る。知らぬ間にどこか別の所で暮らしていた様な、
的外れなデジャブ。精神と肉体が、別々に夜逃げする
眠らせることも、眠ることのできない静けさ。
僕はベットサイドに置いた本をめくる。
異国の新聞記事が集められた本だ。224ページ。
チューインガムの発祥地であるメキシコが抱えた
都市問題ー、それを解消すべく行われた清掃作業の一部始終。
地面にへばりついた百万個のガムをひっぺがす聖人たち
白黒だが写真つきだ。僕は、掃除道具を片手に
カメラに向かって微笑みかけるおばさんたちの
報酬賃金や、家庭環境のあれこれを思い浮かべつつ
一週間も経たずに元通りになるであろうーその路上に立つ。
なんせ、僕はさっき、電話をくれた友人に
生きていようが死んでいるようなもんだよ、と
いったばかりなのだから、
何千?離れていようが、何年前だろうが、
そこに立つことは難しくない。
日の落ちかけた道はずれで、おばさんたちは帰りの支度をする。
街に明かりが灯り、曲がり角毎に漂う夕食の匂いが
チリペッパーだったり、ミートビーンズだったり、通り名に変わる。
そして道行く人々、おばさんたちももれなく
ポケットから慰めのガムを取り出す。そのすきを狙って
僕もまた、ガムを一枚もらう。彼女らは僕に
好きな味を選んでいいという。僕は彼女らに習って
好きな形にガムを膨らませる、それからすぐに
萎ませるか破裂させる。
軽快な破裂音が、町のそこかしこで聞こえる。
陽気な楽団。行進しながら帰宅する。そのお終いというか、
とどめには、ガムを吐き捨てる。僕も同じように。
調度、指揮者が最後に、
ステージの上で腕をつり上げるみたいにーペッ!とね。
味がしなくなったんだもの、仕方ない。でも、
できればそうなる前に捨てたいものだ。
朝も昼もー、夜も!甘い果実の匂いが漂っているなんて、
そうそうない土地だ。楽園みたいじゃないか。嘘っぽいけど。
慰めの匂いになる。一人きりで部屋の隅々を語るよりは
マシってものだ。