天国の扉
ホロウ・シカエルボク








濡れた路面に散らばる娼婦どもの本心だ、からのボトルに詰め込まれた浮浪者どもの読めない手紙だ、衝突事故の後しばらく放置された車がさんざっぱら垂れ流していったガソリンにティーン・エイジャーの投げ捨てたラッキーストライクが点火する、割れた街灯ばかりの壊れた街角を照らす畏怖な灯り、こんな時に限って雨は止んでしまっている、ジャンキーどもよ、悲鳴を繰り返すな、助けなど来ないことを理解するまでにあとどれくらいの時を費やすつもりだ?無免許のやけっぱちとパトカーのバトル、餓えた獣の鳴声のように短いスタッカートを繰り返すタイヤの摩擦、ニックケイブがいつか嬉々として歌った物語の中から抜け出してきたようなカラスが荒れ果てた五階建てのビルの屋上、給水塔の上から馬鹿笑いする街を眺めている
アイリーン、ラジオのチャンネルをロックンロールに合わせてくれ、どんな手の込んだ細工もいらない、三人や四人や五人の男たちが演奏するただのスピリッツが聴きたい、黒ビールを何本放り投げても何かが足りないと感じるこんな時間には…やたらとベルの鳴る音楽なんかいらない、判るか?プログラムされたリズムや、加工された声なんか今は聴きたくないんだ、アイリーン、アイリーン、ラジオのチャンネルをロックンロールに…それだけあればすべては忘れられるはずだったのに、ミック・ジャガーが幾千のライトの下で腰をくねらせているだけで…ジェネレーション、ジェネレーションって、誰かが歌っている、ひどく鼻のでかい男さ、誰だったっけ?誰だった?誰?…ああ、アイリーン、もっとこっちへ来いよ、お前のくすぐったい髪の感触が欲しい、今夜だけでも最終出口から抜け出せると…そんなふうに思わせてくれる力が欲しいんだ
アダムはイブがやっちまった時に手榴弾になってベトナムに降り注いだ、生ゴミの臭いがべっとりと張り付いた河のほとりに…つまりそこは最初の最初っから、火薬の香りが漂う運命にあったのさ、そもそもアダムに課せられたノルマは爆発だった!イブは神の罰のもとに豊潤な果実となったのさ…ああ、祈りをささげる瞬間こそが一番滑稽に思えるのは、俺がすでに避けられない運命を背負っているということの証なのか?聖書のページを一枚ずつめくって、俺やお前の宿命的な聖水を塗りつける、初めに光があった、だけどそこからは必ず、へんに鼻を突く臭いが立ち込めていて…俺達は素っ裸で馬鹿笑いする、それが罪だというのなら今すぐ俺たちのもとに雷を落としてみろ、神よ、我は汝をファックしたもう、神よ、神よ、もっと気持ちのいいように腰を振ってみろ…アダム!お前の宿命は昇華する!一斉に花弁を広げる魂の開花を目の当たりにしろ!
食料品店の裏の路地では、青い瞳の女が鼠を踏み殺していた、ヒールの先端が小さき者の目玉を押し出して、尻尾は針金を仕込まれたみたいに一瞬ピンと延びやがてへたり込む、もう片方の足で鼠の腰を踏みつけ、頭部を貫通したヒールを引き抜くと、パンティーを脱いで鼠の口元に小便をし始める…スティーブン・キングの小説みたいにお仕着せな感じで笑みを浮かべながら、ジュリー・アンドリュースの歌をハミングしている…鼠の魂は身体を抜け出し、死してなお自分を辱める女の姿を見下ろし憤怒の炎を燃やす、ああ!自分にはこの女を燃やしつくすぐらいの怒りがあるというのに!―鼠が唇をかみしめ過ぎて血を流す頃、やつの後ろに神が現れる、ケツに手をやりながら…「お前、あの女を燃やしたいのか?」「そうだよ、あんたの教えがどんなものであれ、俺はあいつが憎くて仕方がない、骨も残らないくらいに燃やしつくして欲しい、俺がそう願ったらあんたはやってくれるか?」かまわんよ、と神は答える、「私も今夜は誰かに八つ当たりしたい気分なんだ」神はそう言うが早いかささっと右手を顔の前で二度振る、突然業火が青い目の女を包み、小便は途中で蒸発する、女の姿がそこからすっかり消えてしまうまで数分しかかからなかった、鼠は嬉しそうに神の手を取る―「ありがとう!こんなに嬉しいことはないよ、俺は明日からあんたのために毎日祈るよ…ねえところであんた、ケツをどうかしたのか?」神が左手を振ると鼠の魂が消滅する、やつは信者を一匹失ったのだ
八歳の少女が寝室で寝静まったふりから目覚めて、昨日死んだ父親の寝室からくすねたオートマチックで母親の頭を三度ぶっ放す日付変更線、赤い花が咲いた、赤い花が咲いた、大好きなチューリップみたいにはならなかったけれど…とても奇麗な赤色だ、こんな赤色があるなんて私は知らなかった…ママ、おねしょなんかしたらダメじゃない…天国で神様に叱られちゃうわよ…



アイリーン、絞めつけすぎだ、息が出来ない……









自由詩 天国の扉 Copyright ホロウ・シカエルボク 2009-04-05 22:55:55
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