『野良猫の掟』
東雲 李葉

人に懐くな、信じるな。そう言い聞かせて生きてきたんだろう。
細い両目はいつも暗い底を見透かすように光っていた。
何も信じずすべてを疑い、誰も知らない所で戦い続け、
顔色一つ変えないで噛み付く鼠を食ってきたという。
寂しくないかと不安に問えば、そんなものは知らないと。
要らないものは見えない、と深く深く僕を見つめる。
そっと頭に乗せた右手を容易く受け入れた君だったから、
僕なら家族になれるのだと思い違いをしてしまった。
何度目かの二人きり。君は呟くように別れを告げた。
僕が見えなくなりそうだと悪戯な笑みを浮かべながら。
君が僕にだけくれたさよならをこれからどうやって咀嚼していこう。
引き止めようと出した右手が君の生き方に対する侮辱でも、
これから先も傍にいられるなら強引にでも掴むべきだった。
それが僕の独り善がりでも、
束の間見せた幸せな顔をいつまでも君にしてほしかった。

君がいなくなってから時間と年だけ食っていき。
天気予報を気にしながら僕はいつでも窓を開けておく。
君の瞳は今でも僕を映してくれるだろうか。
あの日差し出せなかった大きな右手が君の毛並みを思い出す。
さよならはとうに飲み込んで新しい言葉を用意しているから。
野良猫の掟が絶対でも会いたくなったら帰っておいで。
暖かい寝床も甘いミルクも自分勝手な僕も待ってる。
だからいつでも、君が望むなら今すぐにでも。
首輪なんて要らないから僕らだけの口約束を。


自由詩 『野良猫の掟』 Copyright 東雲 李葉 2009-04-05 12:13:42
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