Utopia
aidanico

辿り着いたら夢の島、なんて都合の良い話ばかりはお目に掛かれない。

ホープ/
最近奴はひどく機嫌が悪い。政治家の粗悪な立ち振る舞いで、とか、少し買い物に行っただけでも客の八割が早咲きの五月病の兆しを見せていたり、とか、世の中の醸す憂いに肩を落としているのでは全然無くて、この新年度に入れ代わりが激しくなるテレビ番組に、だ(彼は夜勤の癖に深夜番組を携帯で勤務中に盗み見するような、あきれるほど不埒な輩である)。何時もの如く携帯でテレビを起動させながらニヤつく彼は、ロングピースに火をつけた。はとはへいわのしょうちょう、のはずが、そのパッケージから蒼白い炎と煙が繰り出される皮肉、なんてことは一切考えずにこう無心になられては、やる気も削がれる…というか寧ろ見上げた根性だ。公職の立場から制服で煙草をふかしていても、いくら上司から冷たい視線を浴びても、写真にはいつもピースサインで写る主義なんだ、なんていってたっけ。お国の平和よりも身の回りの平和が大切、っていうところには共感できるけれど。それにしたって君、少しばかり羽目を外しすぎじゃあないのかい?そういえばこの間煙草を切らしたと言って小銭を借りていったけど、まだ返してもらっていないぞ、おい。

ピース/
あいつは上背がない割りに小難しい知識ばっかり頭にパンパンに詰め込んでいるもんだから、均衡が取りづらいのかいつも猫背気味で話をする。その話がまあ長いのなんのって。だから俺はトイレに行く振りだとか、お茶を濁すようにピースに火をつけて、なんとか形だけの相槌でコトを澄まそうと何時も考えているのだけれど。何かを探すように大きく飛び出した目と、神経質そうな細くて薄い眉は哲学者というには余りにも似合いすぎているのだけれど、運命のいたずらか彼は木工、頭とは無縁の職業である。入り組んだ工事現場でヘルメットを被りながら休憩時間に作業場でニーチェなんて広げる奴がどれほど迷惑か、少し考えれば誰だってわかることだろう。まして作業を任せようものならば木材をひとつひとつメジャーで測りながら切ってゆくものだから、仕事が遅くて仕方がない。そんなわけでもっぱら彼が担当するのは図面の解読作業だとか単位の直しとか、いわゆるデスクワークだ。それって木工として花形とは言えないんじゃないの、と言ったら、いいんだ、これを加えながら出来る仕事だから、と、ショートホープに火をつけた。

ユートピア/
ホープ「簡単なことを優しくいうのは容易である」
ピース「しかし易しいことを簡単に片付けるのは容易ではない」
ホープ「これで合ってたっけ」
ピース「合ってたって、お前が言い出したんだろ」
ホープ(本を漁る)
ピース(煙草に火をつける)
ホープ「…」
ピース「…」
理想を語るのも楽じゃないぜ。



自由詩 Utopia Copyright aidanico 2009-04-02 19:30:04
notebook Home