バスが通り過ぎた
北野つづみ

いま 窓の向こう バスが通り過ぎた
家の近くの停留所
僕の乗ったことのないバス
バスは走っていく
静かな夜の街路に
大きなエンジン音を響かせて
十字路を真っすぐに横切り
マンションの四角い灯りたちを
遠目に見て
がらんと淋しい公園や
黒々としたサトウカエデの並木のある
曲がりくねった坂道を
赤い尾灯だけ残して走っていく

そこから先は僕の知らない風景
バスの外は
墨を流したように真っ黒で
窓ガラスには明るい車内が映っていて
その 冷えたガラスに額を当てたまま
僕は体を揺らしている
黙々と夜の真ん中を走っている

目を凝らせば
前照灯に照らしだされた道端に
夜露に濡れた月草の群れが見える
遠くに白いアーチ橋も見える
橋を渡ってからは
走って走って気が遠くなるほど走って
時間がもう蜂蜜みたいにねっとりと
僕の顔に貼りつく頃
ふいに終点にたどり着く
天空の 一番高い場所にたどり着く

そこからは
人間がとても小さく見える
地球は広く 大きく
宇宙はそれよりも 広く大きい
僕の悩みもちっぽけだ
それで僕は安堵する

いま 窓の向こう バスが通り過ぎた
乗客も運転手もいないバスが
僕の心だけ乗せて



自由詩 バスが通り過ぎた Copyright 北野つづみ 2009-03-31 13:04:12
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