嘘についての断片
健
「甘い」
あなたのいれてくれた
コーヒーは
飲めば飲むほど
のどが渇くのです
もっとくださいもっとくださいと
求めているばかりで
私は一日中
コーヒーを飲むことしか
できないのです
※
「ありがとう」
優しい人たちに謝りながら暮らしていると
いつの間にか周りに誰も居なくなっていました
床一面を埋め尽くした
「ごめんなさい」を見渡した
彼女にはもう
散らかった部屋の掃除しか
することが残っていませんでした
長い長い時間をかけて
長い長い間言えなかった言葉を口ずさみながら
いろんなごめんなさいを
はいて捨てました
ゴミ箱へ捨てました
その間も
優しい人たちは 優しい人たちのまま
ゆっくりと 育っていきました
西の空の上を
オレンジ色の予感が歩きはじめるころ
床一面を埋め尽くした
新たな言葉たちを見渡して
彼女にはもう
することが残っていませんでした
誰もいない部屋の中で
静かな嘘だけが小さく響いていました
※
「背中を向けて」
最低の嘘
を
愛しているうちに
いつしかそれは
カレンダーに紛れて
去って行きました
身勝手な私から
開放され
それはもう
本当に
本当
に
輝いていました