じいさん
Ohatu


 じいさんが縁側で苺を食べてた
 ばあさんがスーパーで安く買ってきた苺を
 安い苺は酸っぱいよ、って言いながら

 じいさんちの庭は、誰も手入れをしないから
 荒れ放題だ

 じいさんが引っ越してきたときからあったという椿の
 一番下の枝に雑草が届いている

 最近は暖かかったり寒かったりだが、今日は温かいほうだ
 露をかぶった雑草は、低い冬の日に照らされて眩しい

 じいさんは、苺に飽きると、おい、とばあさんを呼ぶ
 ばあさんは、返事もせず茶を持ってくると、苺の器を取り上げる

 じいさんが、安い苺はすっぱいよ、と顔も上げずに言えば
 ばあさんは、もういない

 子供の声や、車の音や、遠すぎて分からないとても小さな音がする

 じいさんは、茶をすする

 ばあさんは、掃除機をかけていた
 とても大きな、退屈な音が混じる

 じいさんは、また茶をすする

 突然、自転車のブレーキの甲高い音が一回だけしたが、それっきり
 前よりずっと静かになった

 太陽はとうに峠を越えて下り始めていた

 掃除機の音がやんだので
 じいさんは、また、おい、とばあさんを呼んだが
 返事は無かった

 ばあさんは、晩御飯に使うごぼうを洗っているところだった
 ばあさんの手は優しく、ごぼうはすぐに白くなる

 ばあさんは、ごぼうを洗い終わり、手を洗うと
 寝床に、じいさんの羽織物を取りに行った

 荒れ放題の庭はとたんに暗くなった
 太陽が沈んで、塀がその光をさえぎるところまで来たからだ



自由詩 じいさん Copyright Ohatu 2009-03-29 14:56:29
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