四畳半キムチ
ふくだわらまんじゅうろう

え?
キムチ?
キムチがどうしたってえんだよ
何?
キムチにまつわるいい話?
そんなもんねえよ
そんなもんあるわけねえじゃねえかよ
キムチなんてもんは、なあ
それにまつわるいい話なんて出てくるような
代物じゃあねえんだよ
いったいぜんたいキムチと言やあ
俺が思い出すのはせいぜい
あれは四畳半に独りで暮らしてた頃のことだよ
四畳半一間の駅から歩いて三十分くらいの
安アパートに
俺は住んでいたんだよ
アルバイトだったな
日雇いの派遣のバイトやってたんだよ
嫌な仕事だったぜ
ろくな仕事じゃなかったんだよ
やってみてどんなにひどい仕事かって、そりゃ、わかったけれど
すぐに辞めるのは悔しくてな
なんだか、つづけちまってたんだよ
仕事が終わるのは、たいがい、遅い時間だった
仕事が終わって駅から歩いて
四畳半の狭い部屋にやっとたどり着いて
とにかくシャワーで汗を流して
その仕事ってのが、以外に肉体労働でさ
シャワーって言っても共同のシャワーだよ
電話ボックス程度の大きさで
そのシャワーの水道代もガス代も入居者全員で頭割りなんだから
使わなきゃ損てわけだ
それに近所に銭湯もないし
とにかくそのシャワーを浴びるわけだけど
もう、疲れてて立ってられないのさ
シャワーボックスの床にへたりこんで
まるで土砂降りのスコールの中で行き倒れたみたいな格好で
汗、流すのさ
シャワー浴びたら素っ裸で
廊下、歩いて部屋まで戻って
そしたら、もう、ビールでも飲むしかないんだよ
ビールでも飲まなきゃあ、やってられないんだよ
ビールっつっても発泡酒だよ
あの頃は
発泡酒が出始めた頃だよ、そう言やあ
近くのコンビニで
六缶パックで買っておいたのを
冷蔵庫から出して
つまみはカップ焼きそばさ
お湯を注いで
あれは野菜が足りなくていけねえ
カップ焼きそばだけじゃあ、つまみとしては
野菜が圧倒的に足りねえのさ
わかるかなあ
そこで
キムチの
登場なんだよ
3分経った焼きそばの湯を切って
ソースをかけて
ふりかけもかけて
よぉくまぜたら、その上に、キムチだよ
プラスチックの情けない
容器に入ったキムチをのせて
それをつまみに
ビール飲むんだよ
六缶パックなんてものは
あっという間だよ
四畳半一間に
テレビつけて
くだらないテレビだよ
バカたちに見せるために
バカたちがつくってる番組だよ
寂しくなって
彼女に電話したくても
どうせ電話に出るのは彼女の母親だよ
こんなていたらくの俺を真剣に
嫌ってる母親が出て
俺は黙って電話を切る
なんのことはない
十円損するだけのこと
そんなことするよか
チャンネル変えるのさ
チャンネル変えて
変えて
変えて
あっという間に一回り
もとのくだらない深夜番組
俺は焼きそばにキムチを乗せて
缶ビール、ぐびっ、と
地球を眺めるのさ
あの頃は
1メートル先も
見えなかった
明日の仕事は15時からだ
自給はいいけどきつい仕事だ
誰もしあわせなんかじゃなかった
金があったってだめだし
なければもっとつらかった
俺は焼きそばにキムチを乗せて
缶ビール、ぐびっ、と
箸をそろえて
明日の希望も
一寸先の闇も
もう
どうでもよくなりかけていた
六缶パックなんて、あっという間だったし
キムチの買い置きも
あっという間さ




自由詩 四畳半キムチ Copyright ふくだわらまんじゅうろう 2009-03-28 21:50:30
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