不具の変身
餅月兎

か細い声が聞こえた


電線の上
早起きの小鳥たちが小首をかしげる
埃っぽく煙った路上
散乱する朝の気配
大型トラックが排気ブレーキの音を響かせる
始まりと終わりの時間を行き交う車たちはどこか忙しげで
いつからかそこにある
過去を辿る事を許されぬ
襤褸切れのような獣の死骸を
遠巻きに避けて通過する

さよならの残響が
窮屈そうに並んで
ベルトコンベヤーの上を流れてゆく
ただ見送るだけ
そのひとつを捕まえ
抱き締めることの出来ない
生まれ持った淋しさのようなものを
あの人に真っ直ぐに言い当てられて

喫茶店の小さなテーブル
向かい合う人の目を見られなくて
白いシャツの裾
白い手を眺めていた
Y…
二股にわかれた静脈の青インクが
ふたりの間に甘やかな明日を描いているとき
テーブルの下の可憐な嘘
爪先はどこを向いていた?


透明で青みがかった
隠者の小さな窓の外
ひしめき合う人々の間で
世界は熱を帯びはじめる

いつの間にか巻かれたねじが切れるまで
人形は人の真似を続ける
その始まりを見とめられない大河の如き
機械仕掛けの儀式から
身を解く唯一の方法を知っているらしいあの人の
胸に食い込ませるために
細く細く尖らせた感情の先鋭は
私の心臓の中でのたうち回り
激しい痛みとともに
赤黒い罪を暴き出した

さよならも告げず去っていった
あの日と同じ笑顔が
微かに残った青のなかで滲む

断罪された私の体が
路上で乾いてゆく頃

あきらめの薄暗がりで
忘れられた人が
旅に出る支度を始める




自由詩 不具の変身 Copyright 餅月兎 2009-03-28 11:16:33
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