記憶はデリート不可能だった
北村 守通
拳には残っている
殴りつけてしまった
感触
顎の骨と
サンドイッチしてしまった
頬肉の
感触
殴りつけられた
痛みよりも
殴りつけてしまった
感触が
拳にまとわりついて
まとわりついて
掻き毟っても
消えなくて
一生
まとわりつかれるのだろう
姿がない
薬もない
治療法もない
紅潮して
強張って
引きつった唇から
吐き出された言葉の数々が
なんであったのかは
記憶に無かったが
聞き取ることを
忘れていたが
怒りとするしかなかった
その傷口の
剥ぎ取ってしまった
かさぶたの下から現われた
薄い桃色に染まった
瞳の色を
なんで忘れることができようか
俺だけが悪かったのか
たぶん
俺だけが悪かったのだろう
俺だけが悪ければよかったのだろう
意地を張らなければよかったのだろう
そうすれば
平和なはずであった
平和にすべきであった
俺がのたうちまわるべきだったのだろう
苦悶の表情をみせることなく
脂汗を浮かべてもなお
笑いながら
俺だけがのたうちまわるべきだったのだろう
ごめんなさい
しゃぁしゃぁと生きて
ごめんなさい
謝らずに
ごめんなさい
謝ってしまって
ごめんなさい
口にしてしまって
ごめんなさい
思い出してしまって
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい