繰り返される玉葱と匂い
小川 葉

 
 
玉葱のにおいがしている
玉葱が匂いになって
何かしている

夏祭り
まだ日は高く
午前中のうちに宿題を終えた
小学生たちが集い
がまん大会に参加する
冷水が満たされた青い桶に
裸足の足を入れて
がまんを競う

こんな暑い日に
こんなに冷たい水を
どこから運んできたのだろう
わたしは人ごとのように
しびれてゆく足が
まだ動くことを確かめる

みんな冷たいと言って
ギブアップして
笑いを取っている
そんな演技を競う大会
だったのかもしれないそれは
がまんなんて体裁で
まじめにがまんし続けていた
僕はきっとばかだった

優勝
と言われて表彰される
もっとも面白かった小学生に
賞状が手渡されている
賞状なんかじゃない
商店街だけでご利用できるという
割引券だ
けれどもこの街で
いったい何が買えると言うのだ

大きな隣町へ行けば
割引券を使うよりももっと安く
いろんなものが手に入ると言うのに
ところで優勝は
僕じゃないのか?
僕はまだますます冷たくなってゆく
冷水が満たされた青い桶に
裸足の足を入れている
がまんを競うはずじゃなかったのか?
がまん大会は

玉葱のにおいがしている
玉葱が匂いになって
何かしている

ガス漏れだ!
と誰かが言った
近くの農協の建物が爆発した
僕はまだがまんしていた
冷水が満たされた
青い桶に突っ立って
爆風に耐えていた
これがほんとのがまん大会

すると青い桶の底が
突如ぶち破れて
青くて冷たいトンネルを
下へ下へと落ちていった

玉葱のにおいがしている
玉葱が匂いになって
何かしている

僕は家にいた
おそらく三歳くらいだ
僕は玩具のトラックに乗りたかった
どうしても乗りたくて
だだをこねていた
家族はみんな笑っていた
笑う理由を僕は知っていたのに
笑われてることが嬉しくて
僕はだだをこね続けた
それが演技なのかもしれなかった
がまんすることなど
必要なかった

玉葱のにおいがしている
玉葱は匂いになって
何かしているだけで
その何かが何なのか僕は知らない
たとえば妻が
玉葱を炒めている
僕には妻がいたのだ
つい先ほどまで
小学生だった僕に
玩具のトラックに乗りたがっていた
三歳の僕には妻がいて
玉葱を炒めているのだ
だだもこねずに

玉葱のにおいがしている
玉葱は匂いになって
何かしている

息子がいた
息子がいるのだ
この僕に
つい先ほどまで
玉葱のにおいがしていて
匂いになって
何かしていた子供だったこの僕に
まだ子供のままの
この僕が
冷水が満たされた青い桶から
今やっと出てきて
がまん大会は終了した

優勝は小川君
商店街の割引券をもらったけど
僕は何を買えばいいのだろう
三十年前の商店街は
たくさんの人が賑わい
買いたいものもたくさんあったと言うのに

玉葱のにおいがしている
玉葱が匂いになって
何かしていることだけが
変わってなくて
息子は玩具のトラックに乗りたいと
泣いている
きっともうすぐ青い桶に
冷水が注がれて
がまん大会がはじまる
すると近くの農協がガス爆発して
青い桶の底が抜けるのだ
宿題を終えた
トンネルみたいに!
 
 


自由詩 繰り返される玉葱と匂い Copyright 小川 葉 2009-03-23 01:34:31
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