形容詞警報
しろう



『開くドアにご注意下さい』に肩を寄せて複線の枕木を数えていると踏切を抜けるたびに警音がして頭から数え直すハメになるが、その猪突猛進警報のおかげで路面電車以外の地上電車は、他の交通に妨げられることなく進むかあるいは妨げられれば責任のほとんどを相手になすりつけることが出来るとするなら、車両を見渡してみるに話し相手のいない乗客のほとんどは、携帯MP3プレイヤーのイヤホンを耳に押し込むかポータブルゲームを鷲掴みしているかケータイを操作するかミニパソコンをタイプするか新聞漫画書籍の絵や文字を追うか睡眠時間にあてるかそれらを複数同時にこなすかのいずれかに分類され、残りの少数は眠ったふりをする以外に警報から逃れる方策を見つけかねているようなので、あまのじゃくは立ったまま起きているふりをしながら眠っていたら車掌に声を掛けられるまで終点に辿り着いたことに気付かずすでに終電はなく、トイレの個室(洋式)で夜を明かそうと試みるに巡回の駅員に追い出され、屋根はあるが寒風吹きすさぶ改札前のベンチでうなだれてみればホームレスであろう聾唖のおやじに話しかけられ(「聾唖」といえど耳は聞こえているようなので本当は「唖」と表記するところだが「唖」単体になると差別用語と見なされるらしいので避けるべき)、手話を習得していないあまのじゃくはボディランゲージとして解釈することを余儀なくされるが、異国人との片言のコミュニケーションよりは緊張を覚えないことでむしろ意思疎通が図れたようであり、それゆえか「コーヒーをおごる」とおやじは言い出し、あまのじゃくのほうが多額の金銭を持っていると推測されるのだが手を引かれるままにコンビニに連れて行かれ、缶に入ったコーヒー(もちろんホット)のなかからあまのじゃくは微糖を指さし、おやじは微糖とエメラルドマウンテンをつかんでズボンの右ポケットからつまみ出した小銭でレジを済ますと、また屋根はあるが寒風吹きすさぶ改札前のベンチにもどり身振り手振りを駆使して、おやじは「ギャンブルが大好きだが決してのめり込んではならんぞ」とか、「バイクは爽快だが事故ったら大けがするから気をつけろ」などの教訓を与え、あまのじゃくが自分は音楽家であることなどをぽつりともらすにつけ「見るからに分かるよ」とおやじは返しながら「地に足ついた仕事をしろ」という浮浪者なので、会話は夜明けまで続くかと思いきやあまのじゃくは眠気に耐えきれなくなり昏倒し、数十分か後目覚めた時にはおやじの気配は消えていて缶コーヒーの空き缶だけが2つ残って、駅には度重なる事件のあとゴミ箱というものが置かれなくなっているのでコンビニまで缶を捨てに行ってから始電で帰宅し、風呂に入ってからその日の仕事にむかって行き、それからも度々終点まで乗り過ごすことはあってもホームレスで聾唖のおやじに再び会うことはないだろうと思い、警報は断続して鳴り続ける。






自由詩 形容詞警報 Copyright しろう 2009-03-20 23:34:07
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