街になった家
小川 葉

 
わが家にも念願の街が出来た
これからは部屋の名前を
町名で呼ばなければならない

陽だまりヶ丘一丁目
そこに僕がいる
居間の窓際の辺りだ
二丁目から三丁目
キッチンが見える街まで
妻を探しに歩いて来たけれど
見当たらないので僕は
裏木戸町行きのバスに乗る
きっと庭で洗濯物を干してるのだ

車窓から外を見てると
街はたくさんの人で溢れている
ここがもともと小さな家だったことが
無意味になるくらいに
街は街らしくなって
家が家ではなくなっていく
家族も少しずつ
街の広さに飲み込まれていくのが
実感としてわかる

妻は庭にいなかった
ずいぶん古い町名知ってるんですね
バスの運転手さんが言う
この辺りは昔は洗濯物が乾く
いい匂いがしていてね
やさしい母さんの背中を見ていた
子供の頃を思い出すんだなあ
でも今この街にはそんな母さんはいやしない
みんな働きに出て行ってしまった
生きるために生きる喜びを犠牲にするのは
男だけでよかったというのにねえ

バスが終点裏木戸町に着くと
もう夜で帰りのバスもなかったので
町から少し国道に歩くとモーテルがあったので
しかたなく一人でそこに泊まった
モーテルの窓からわが家の二階の窓が見える
寝室の灯りが点いていて
しばらくすると消えた
僕も灯りを消して広すぎるベッドで一人で眠った

翌朝僕は朝一番の陽だまりヶ丘行きのバスに乗った
途中、裏木戸町行きのバスとすれ違うと
妻が乗っているのが見えた
僕を探しに来たのだ
あるいは他に何か別な目的で
そう思って僕はモーテルのフロントにお願いして
手紙を預けてきた
妻宛ての

この街で離れ離れになってから
もうどれくらい経つだろう
あんなに小さな家で
僕らは家族でいられたのに
街はこんなにも簡単に
大切なものを飲み込んでいく
大切ではなかったことさえ
今は愛しいのに
 


自由詩 街になった家 Copyright 小川 葉 2009-03-15 00:01:54
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