白紙事件
塔野夏子
モザイクのような街路に迷い込んだ
そこらの店の看板は
どれもこれも三日月だの 土星だの ほうき星だの
要するに天体のかたちをしている
それらの看板に書かれたそれぞれの店名は
たしかにどれも知っている文字から構成されているのに
読もうとするとへんにゆらめいたりかすれたりして
どうしてもうまく読みとれない
こんな羽目におちいったのは
ポケットにあいつからの手紙を入れて歩いたからだ
そうに違いない
それで僕は立ちどまりそいつを取り出してひらいてみた
すると僕がそれに気づくのを見透かしていたかのように
そこに書かれていた文字はひとつ残らず
すでに逃げ去ったあとだった
何が書いてあったのか それもうまく思いだせない
これはどうやら この奇妙な街路のどこかで
あいつ自身に出くわすまでは
解決しそうもない
僕はためいきをひとつつくと
手紙をたたんでポケットに入れ直して歩きはじめた
きっとそのうち
あいつにはもっと気のきいた仕返しをしてやるぞと
胸の中で呟きながら