きのうから十時間と四十五秒起きてる。
「どこ見ても黒い縁どりが邪魔をして、どうしたのわたしたち!」
「まるで景色の輪郭がさえざえして、とてもとても抱えきれない」
ネオンテトラが始終寝起きしてる。覚束無い四月のような足取りで、水中をしずかに回遊している。底からグラスの水槽を見上げるように仰ぐとブルーライトで無機質に染まったべた塗りのロイヤルブルー、とちいさな魚たちの腹が蒼白く浮き上がる。それは死んだ女の胎によく似ていて、鋭利な刃物のような口をぱくぱくやって、棘をふんだんに誂えた言葉を、呪い交じりの戒めの言葉を吐き続けている。おれはね、まだ死んだとは言っていないんだよ、裏切られただけなんだ。想像をワン・オクターヴ下回った、音が水面を振動させる。震えているのは水槽ではなく、ましてライトでもなく、ぼくだ。気付かなかったことに誰かが舌打ちをして、うすいまぶたを乱暴に千切ってしまった。シフォンのような透かしのかかった、あのひかりを失ったことだけが只かなしい!太宰だって三島だって常に世の中を憂いてそこから抜け出すべく遁世の術を凝らしていたわけなんだけど、ぼくと・水槽と・幾つかの水草と、干上がりかけた魚たちの世界は途轍もなく広く底はかと無く浅い。つまりはとても手垢まみれの、ありふれていて、サイドミラーに俗っぽく映ってしまうような、そんな履いて捨ててしまうほどの円心。そこで出ることも増してや触れることもしないで、只距離を保っている。経文だろうが呪詛だろうが外界が動くことさえしなければただの記号でしかないことを彼らもぼくも十分に承知した上での事なのだ。生活に組み込まれていくことと、そこから逸脱してゆくことと、果たしてどちらの方が忌まわしいことの数をより多く数えずに済むだろう。被われた水槽の中で、半円の目を閉じることが出来たら、こんな馬鹿げた考えに終止符を打てるのだろうか。ただ、暖かい海で、珊瑚といっしょに乳白色になって眠りに就きたいだけ、なのに。
「逆立ちしたってそれで何が見える?それできみに何がいえる?」
「折られ破られ剥がされてぼくらまるで積み重ねられた雑誌のよう」
あしたまで八時間と二秒で眠りたい。