空爆
楽恵

その時 私はまだ幼い少女だった 

まだ言葉を覚えぬ少女だった

ただのひとことさえ 言葉を知らなかった

ある朝 目が覚めると 空は真っ青で 雲ひとつなく どこまでも晴れていた

ただそれだけで 少女の私は 

世界のすべてが愛しいと想った この空のすべてが愛しいと想った

ほんとうに 狂おしく 息苦しいほどに 胸が潰れるほど いとおしくてしかたなかった

その愛が 頂点に達した瞬間に 私の頭上で 何かが爆発した 大爆発した 

空は一瞬すべてが白かった

すべてが真っ白であった 

そして気がついたら 何もなかったように 辺りは静まり返っていた

元どおりだった 空も庭も蟷螂も電柱もプールも母も 元どおりだった

ただその日から 

私はものの名前を覚え始めた

この世界には 名前という便利な存在があることに 気がついたのだ

けれども私の言葉は 本来私が覚えるべきだった言葉は 

あの朝 空とともに爆発して 見えない塵となって 今も世界を漂っている 

だから私は 私の言葉をもたない 今も言葉を知らない 何も知らない




自由詩 空爆 Copyright 楽恵 2009-03-10 21:04:30
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