旅立ち前夜
エルメス
卒業したくない。ずっとこのままが良い。
……そんな言葉を、一体どれくらい口にしてきたのだろう。そして、今も口にしている。
繰り返す、というのは、一番簡単な強調の手段。
いくら繰り返しても、いくら強調しても足りないくらい、この思いは強いのだ。
何でも、最後だと思うと名残惜しく思えるものだ。
学校だって、あんなに嫌だ嫌だと言っていたのに、今は涙が出そうなくらい寂しい。哀しい。
普段何気なく話していた友達だって、キラキラして見える。一つ一つが愛おしい。
間違っていると解っているのに、永遠を望んでしまう。それくらい。
……なんて都合よく作られているんだ、人間。作った人は天才じゃないか。
人間の感情にも、慣性は働いているのだと思う。
動き出したら、そう簡単には止まれない。一度得たものは、簡単に失いたくない。
そう思うのが、普通だろう?……普通であることに価値があるとは思えないが。
あぁ、駄目だ。自分で何が言いたいのか解らなくなってきた。何か伝えたいことがあったような気がしたのに。
いつの間にか、頭の中がぐっちゃぐちゃ。
多分、そのぐっちゃぐちゃの頭で、明日を迎えることになるだろう。
これは困った。寝ぐせはきちんと直して来いと、先生に言われたのに。
もう、「また明日」なんて挨拶はできない。その絶対的事実だけで、涙を誘うには十分だ。
……なんだ、僕も、きちんと他人に依存できてるじゃないか。ハハハ。
そう、明日で終わりだ。綺麗に過ごそう。綺麗な思い出になるように、綺麗に過ごそう。
過去の為に、未来に決意しているなんて、少々不思議な今だけど。
時間は止まってくれない。振り返りながらも歩く。時に走る。
きっと、今の僕は、後ろを向きながらバックで全力疾走の状態だ。悪くない。
さて……寝よう。何も考えずに。真夏のように寝苦しい夜だろうけれど。