幽霊の心地
亜樹
紺碧の空・黄色い太陽・煩い蝉時雨。
八月に雪が降る。
眩暈がする。
前頭部が酷く痛む。
仕方なく、私は暗がりを探す。
私の目玉は欠陥品だ。生まれつき、水晶体に無数の細かな凹凸がある。
まるで手吹きの硝子のようにザラついていて、歪な目玉は、明るすぎる光をその中で乱反射させる。そうして、その凸凹した表面にできた影までも、くっきり網膜にうつしだすのだ。
その白い影が、私を悩ます。
八月の雪は、危険信号である。
これ以上目を酷使するなと、脳が訴える。
惰弱な視神経は、多すぎる情報にあっさりと音を上げる。
無理をすればするだけ、笑えるように私の視力は下がった。
「このまま行くと、どうなるんですか。私の目は」
「見えなくなるよ」
まるで明日の天気は雨になりますと告げる気象予報士のような声だった。
先日の定期健診で、就職してからというものの、留まることなく下がる視力に怯え、尋ねた私に、医者はいともあっさりそういった。
「こう、テレビの電源が落ちるみたいに、プツン!とね。視神経が諦めちゃうんだ。『見る』ということをね」
だから、あんまり目を使わないようにね、と医者は言った。
そんなのは無理だと思った。
けれど、ぐっと我慢して私は頷いた。
そんな私に、更に重ねて彼はこう言った。
「ああ、それと。ストレスもあんまりためないほうがいいよ?」
そんなのは無理だと、今度は口に出して私は言った。
八月に雪が降る。
真っ白な砂嵐。
行き交う人の群れで、一人私は暗がりを探す。
逆走する。立ち止まる。さまよう。うずくまる。
そうして、こらえきれずに、目を閉じる。
自分にしか見えないものに、怯え、目を閉じる、その瞬間。
不意に幽霊の心地がした。