地下鉄と風
小池房枝
*地下の風
啓蟄
三月の風が吹いている
この風は
地下の何処まで届くだろうか
春一番ともなれば
地下一階ぐらいまでは届くのか
台風の日
風とともに地下が
水浸しになってしまわないのは何故だ
地下街から地下街へと
吹き渡る風はないのだろうか
地下鉄の
駅から駅へと
*地下鉄の風
電車が行き来するたびに
ごうごうと
巻き起こっているあれは
風鳴りは
一回一回消えてしまうのだろうか
さざなみが
波齢を重ねるようにうねりを生んで
強風地帯が現れたり
間欠泉みたいに
アップバーストしていたりはしないだろうか
電車一編成ずつの風が
一日にどれだけ風を立てても
結局は上りと下り
均されてしまうものかもしれないけれど
地下に
地下鉄由来の
恒常風のようなものが生まれていて
地下中を
吹き巡っていたりはしないか
*地下の風、或いは凪
駅は終日明るい
駅と駅の間は終日暗い
けれども朝晩のラッシュやら何やら
地下には地下の
サーカディアンリズムがある
昼間はノイズが多すぎる
ヒトも
行き来する電車もノイズだ
終電と始発の
狭間の時間にだけ吹くような
地衡風はあるのだろうか
或いはその時間
地下は初めて凪ぐのだろうか
ホームの端から
暗がりにささやきかければ
木霊が返ってくるような
そんな時間に
*歌
水道管は歌った
地下鉄も歌えよ
深夜から
夜明け前にかけて
一日を走りとおした
数多那由多の車両が眠る頃
遙かに
網の目を広げる地下の空洞は全て
通う風だけを声にして
自分自身を歌えよ