今ここにある危機
殿岡秀秋

今ここにある危機を
止める術はないのか

久しぶりに仙台の娘の家を
夫婦で尋ねる
美しい顔が教育する母になって
娘の顔は冷たく尖っている

三十年前に
娘が生まれたころ
妻は働いていた
初めての子で
母乳を与えても
上手く飲ませることができない
産休明けに仕事に行くことも重なって
ミルクに切り替えた
ぼくらはあまりにはやく
娘を母のおっぱいから切り離した

娘は指しゃぶりをしていた
指たこができても直らなかった
大人になって指しゃぶりはしなくなったが
ときに唇に指先をもっていく

娘は母になり
子どもに充分に母乳を与えた
得られなかった
自分の母のおっぱいとの交流を
子どもとの間で味わっているように見えた
ぼくはひそかに安心した
子どもは元気におっぱいに吸いついた

ぼくらは娘の家に三日間いた
子どもは幼稚園にはいり
塾にも通いはじめて
家の中での教育が始まっていた
子どもはときに
塾の宿題をいやがり
遊び疲れてそのまま寝ようとすると
娘が子どもの頬を叩く
子どもが泣いて
布団にうつ伏せになる

朝ごはんのあと子どもが部屋に入ったすきに
居間でぼくは娘に言った
「このままでは大変なことになるよ
大きくなって暴れだすかもしれない
それがいやなら
塾の宿題をやめさせたほうがいいよ」

「本人がやりたいと言ったのよ」

「塾の先生の前では
子どもだっていい格好をしたいだろう
親のほうで抑えてあげなくては」

「多すぎると不満をいうから
わたしが半分にしてもらったわ」

「きつく叱るのがどうかと思うわ」
二人のやりとりを聞いて妻がいう

娘は返事をしないで
ソファーに座り
テレビをつけて
唇を指先でつつく

学歴などは
自転車の補助輪になるかもしれないが
大人になって人生の車輪を漕ぐのは
自分しかいない

親が叱れば叱るほど
子どもの生命力は削られ
心に空洞が生まれて
人に共感しにくくなる
とぼくはおもう

ぼくも頬を母に叩かれて
胸にひび割れができて
やがて空洞になった
自分と同じ苦しみを
人に与えてみよう
と洞穴の底からささやく声に
悩まされてきた

叱る娘の心にも
空洞があるとしたら
人生でもっとも大切な
生まれてからの一年間に
親の愛を口唇で確認できなかったからではないか

なぜあのとき
充分におっぱいを与えてくれなかったのか
とぼくら両親を恨んでいい
その権利が娘にはある

取り返しはつかないけれど
その怒りをできるかぎり受けとめよう
空洞の亀裂を言葉のコテで
修復を重ねてきた
ぼくの胸で















自由詩 今ここにある危機 Copyright 殿岡秀秋 2009-03-03 23:09:35
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