シェリフ、嘘っぱちの銃を
ホロウ・シカエルボク








お前の独りよがりな情熱が俺の精神に水を差したので
俺はお前の存在を心から消し去ることに決めたんだ
くるぶしのあたりの身に覚えのない引っかき傷みたいに
いつの間にか消えて忘れるだろうとそう思っていた


午前零時は丁寧に仕上げられた紗幕みたいに
いろいろな物事を眠気の向こうへ隠してしまう
幾時間か前に飲んだ飲物の風味が喉元から消え去るころ
昨日よりひとつ呆けた細胞が新しいまぐわいを欲しがる
時計の針と同じ数の欲望を数えて手を打ってみろ
疼くほど欲しかったものの名前すら思い出すことは出来ない


まばらな車の流れが終わるとほぼ出来上がった沈黙がそこにある
カーテンの向こうにはもう何もないみたいだ
苛立ちと名付けるほど浮上してこないそれは
流れの途絶えたルートで腐敗する地下水みたいだ
ローカル・チャンネルのムービー・ショーはお目汚し以上の意味を持つことはなく
どんなに長けた声優の日本語も口元とずれて聞こえる
火薬の色が甘過ぎるガンが誰かを捕えた時
結末を知る理由などもう無いと悟った


イーストウッドになり損ねた冴えない保安官よ、ここへ来て曲撃ちのひとつでも披露しちゃくれないか
小銭を沢山溜めて俺は待ってる
お前の嘘っぱちのリボルバーが俺の風穴に栓をしてくれるのを
お前の嘘っぱちのリボルバーが
この部屋の静寂の急所に致命傷を与えてくれるのを
小銭を沢山溜めて俺は待ってる
小銭を沢山溜めて
小銭を沢山溜めて


ぶん殴ってくれるハンマーが欲しい
自殺願望と同じだけの諦めが無いとベッドに潜り込むことが出来ない
肉体と精神との欲求のズレが
こめかみに断続的な頭痛を連れてくる
血管が逆流するみたいな骨に反響する別の鼓動
指先が頭骨を貫けるわけもなく
ハンマーを持ってきてくれ、いまの俺ならそれを武器とは呼ばない
暴力は時々他のどんなものより優しく感じる
ハンマーがもしもこの俺の後頭部を激しく殴打してくれたら
少なくともこの頭痛は日本の古いゲームみたいに俺から弾き飛ばされるのに


お前の独りよがりな情熱が俺の精神に水を差して、俺の眠りの器は不協和音の水溶液で満たされる
この世のあらゆる指針の中で現実に作用出来るものなんてそんなにあるわけがない
だけど変革を欲しがり過ぎるときには誰ひとりそんな些細な事実には気がつかないのだ
なにかを決意すれば水の向きが変わると信じてしまう
なにかを宣言すれば
なにかを破棄すれば…
捨てた、つもりの古い影、行先の無い地下水みたい、ドロドロになって、ドロドロになって、ひずんだ臭気がそこらに立ち込めてゆく、鼻をつまんでおきなよ、不愉快な思いなんて誰もがしたくはないものだ
ましてやわざわざそれを銀皿に乗せて差し出されたみたいな夜には


イーストウッドになり損ねた冴えない保安官、お前のリボルバーが錆びついてしまったのは何故だか判るかね―?
お前の指先には憎しみの影すらないからだよ、お前の心はお前のシナリオより高い所に出てくることがない
俺の風穴に栓を与えてくれ
この部屋の静寂に致命傷を
叶わぬ瞬間を求め続けることに俺は退屈してしまった
時には憎まなければ清らかな心など持てるわけがない
スパイスで済まないほどのそれを俺は長く抱え過ぎてしまった、保安官、保安官
ダブルアクションでこの部屋の好きな所に破壊のファンファーレを


激流、にも似た無益な夜、俺はただ飲み込まれてゆくだけ
阿呆みたいに口を開いて、俺はただ飲み込まれてゆくだけ
俺はただ飲み込まれてゆくだけでも構わないことを悟ってしまったから
阿呆みたいに口を開いてただ飲み込まれて流されるだけ
死なんてよほどの気まぐれでもない限り突然訪れたりはしないものだ、好きなだけ飲み込めばいい、細胞に浸透した不協和音が
矛盾を享受し易い形に変換してくれるさ
眠りを求めることは止めた、朝を待つことは止めた




からっぽの世界じゃなければ
生まれてくることなど不可能なのさ








自由詩 シェリフ、嘘っぱちの銃を Copyright ホロウ・シカエルボク 2009-03-02 00:27:27
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