臙脂色のひと
恋月 ぴの
あの上り電車で何本見送ったことになるのだろう
別に数えている訳では無いし
有り余った時間を費やせればとストールの毛玉など毟りながら
外界と隔絶された待合室の硬いベンチに腰掛け
あの夜の顛末でも思い出してみる
枕もとで鳴り続ける着信音に答えれば
遠く果てしない闇から響いてくるような老女の声
誰ひとりとして歯向かえぬ絶対的な口調で
未明のキャンプ場へ出動するよう厳命されたと言っていた
駐在所の警察官が半信半疑のまま現地に到着してみると
うっすらと雪に覆われ仮死状態に陥った私の姿と
傍らにはそんな私を介抱するかのように仰臥した熊のぬいぐるみ
クルマの窓は内側から目張りされていて
あのひとは車内に充満した排気ガスで事切れていたとのこと
後日、所轄署の担当刑事から聞かされた話では
あのひとは意識を失った私と熊のぬいぐるみを車外へ引き摺り出し
端からそうすると決めつけていたのか独りで旅立ってしまった
どうして私を道連れにしてくれなかったのだろう
そして毛玉の目立つ臙脂色のストール
こんな色合いのストールを
いつから肩にかけているのだろうか
誰かに良く似た女のひとを通過待ちの車内に認める
最近よく見かけるひと
私と目が合いそうになれば慌てて目を逸らし
携帯電話の小さな画面のなかへ逃げ込もうとする
こちらを窺うかようにして陽のあたる扉の傍らに立ち
やがて昼下がりの空虚さに満ちたシートへ腰掛け脚を組んだ