あたしの町へ
柊 恵
あたしの町は線路の東
昔は深い森だった
ママが子供の頃だって
森が消されてしまったの
今は わずかに細長い
防風林か残るだけ…
夏休みまで あと少し
たいくつ過ぎる昼下がり
ぶらぶら遊ぶ子供達
暇持て余す子供たち
いつの間にやら集まって
ゴム飛び
缶けり
かくれんぼ
なんだか みんな
つまらない
ひんやり風が
首筋撫でた
みんなで顔を見合わせた
「防風林を探検しよう」
一つ年上 男の子
あたしは そっと目をそらす
聞こえていないふりをして
刺激を求める子供達
ただなんとなく危ない遊び
小さな悪魔のささやきに
抗うすべを探せずに
心のトゲが鬱陶しい
「臆病者の夏奈子ちゃん」
いじわる年上 男の子
あたしだって5年生だよ
年少さんまで笑ってる
「何が あっても知らないから!」
きっと後悔するはずなのに
みんなは入る森の中
ひんやり空気が頬なでる
照りつく日差しは
どこへ行ったの?
がさり がさりと
一歩ずつ
胸の どきどき
止まらない
ぴんと空気が
張り詰めて
みんなの鼓動も
聞こえそう
「夏奈子、みんなで13人だぞ」
気安く呼んで欲しくない
あたしは知らない あなたの名前
振り返ると
怯えた小さな瞳たち
先へ先へと
歩いてく
早く森から出なくっちゃ
バカな遊びは終わらせよう…
もうどれくらい
歩いたの
歩いても
歩いても
歩いても
歩いても
森から外に出られない
防風林は狭いはずよ
たとえ道に迷っても
こんなに歩くはずはない
不安が胸をしめつける
「お姉ちゃん、もう帰りたい」
かわいそうな瑞穂ちゃん
あたしのスカートぎゅっと掴んで
「大丈夫よ」
そっと髪を撫でたけど
声の震えは隠せない
行く手を遮る白い霧
あたしたち、どこにいるの
早くしないと日が暮れる
夜まで森に いるのは嫌
あっと
視界が開けたら
足もと広がる
四角い穴
「ちょっと待って、押さないで!」
言った時には穴の底
続けて3人
落ちてきた
上に居る子が悲鳴をあげる
一目散に逃げていく
穴から見える赤い空
穴の底には お墓が一つ
声さえ出ない
見ひらく瞳
かたまる手足
無理に動かし
小さな子たち
上に押し上げ
最後にあたし
最後の勇気
振り絞って
外に這い出た
みんなを先に走らせる
一人もここに残しては駄目
うしろを振り返っては駄目
追ってくる足音 気にしちゃ駄目
夢中で走って森を抜けた
夕焼けの中
疲れて立ち尽くす子供たち
スカート泥だらけ
叩いていたら
くっきりと
獣の足跡
なんで?
なんで…
押さえれなくて
あたしは吐いた
今は小さな防風林
ママが子供の頃までは
そこは深い森だった
******
「一二三…十一 十二…夏奈子!」
また呼び捨て。
あの人、何なの?
「一人足りない、いないの誰だ?」
目をあげ数える
苦味が残る口のなか
あれ?
瑞穂ちゃん…
「瑞穂ちゃんがいない!」
みんなくっつき歩いてた
四角い穴に落ちたのは
あたしの他に三人だった
その中に
瑞穂ちゃんは居なかった
あたしにしがみついてたのに…
穴の中を見回して
そこには誰もいなくって
お墓が あたしを見つめてた
見ちゃダメなのに
読んじゃった
古びた卒塔婆
黒くひらがな小さく
みづほ
「瑞穂って誰?」
「2年生よ、おさげの子。探さなきゃ!」
急いで走って森の中
後から、ついてく男の子
あれ!?
すぐに森を突き抜けた
キョトンとしてる男の子たち
もう一度入る森の中
ほんの数分、歩いたら
端から外に出てしまった
目と目で話す顔と顔
分かってるから
言葉に出ない
日が落ちる
お迎えに来たママ達が
子供らの
不安の香り
嗅ぎわける
「瑞穂ちゃんが居なくなったの」
ママ達は
小声で話し合いをして
みんなで首を傾げてる
「2年生よ。おさげの子」
大人も子供も見つめ合う
時が止まる…
あたしだけ
瑞穂ちゃんを
知っているのは
あたしだけ
どうしてみんな
知らないの?
その夜 あたしは
夢をみた
穴の中
小さく泣いてる
みづほちゃん
「お姉ちゃん…」
呼ばれて あたしは
目を覚ます
助けなきゃ!
すぐ行く
待ってて
みづほちゃん
深夜二時
パジャマのままで
外に出た
頼りは小さなペンライト
深い闇には
あまりに小さな
小さな光
この森で
みづほちゃんが泣いている
黒く広がる森の入り口
もの言わぬ視線が痛い
歩けない
行っちゃダメ
心の中で誰かが叫ぶ
でも…
みづほちゃんが泣いている…
暗き淵 超え
闇に飛び込む
見えないけれど
肌に感じる
あたしを見つめる
目と
目と
目…
大丈夫だわ…
こんなの平気
みづほちゃんに比べたら
恐いなんて言えない
闇…
さらに闇
濃く深く
お星さまも届かない
広がる闇は宙(そら)のよう
あたしは ふわり漂うの
いくら手足を動かせど
からまる闇は動かない
足音だって聞こえない
あたしの目は開いてるの?
あたしは息をしているの?
「お姉ちゃん…」
かわいそうな みづほちゃん
あたしのスカートぎゅっと掴んで
「大丈夫よ」
そっと髪を撫でたけど
声の震えは隠せない
「お姉ちゃん、帰りたい」
撫でた頭に髪は無くて
あたしの手のなか
されこうべ
見上げる瞳は
虚ろな窪み
「お姉ちゃん…」
かわいそうな みづほちゃん
独りぼっちで
寂しくて
「大丈夫よ…」
朝まで抱いて
居てあげる
もう 独りには
しないから
一緒に帰ろう
あたしの町へ
黎明が闇を
引き裂いて
あたしは薄く
目を開ける
…そうだったのね
みづほちゃん
あなたが眠る
その場所に
パパが お家を
建てたのね
あたしの手のなか
されこうべ
哀しげ
小さく微笑んで
朝の光に
きらめき逝く…