ふるえる糸
ことこ
しゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわ
山奥の合掌造りで
祖母は暮らしていた
冬は深い雪に閉ざされ
ひっそりと
何もないところだった
祖母がまだ少女だった頃
屋根裏では
蚕を飼っていたのだと
奥底で赤く息づく
時代遅れの囲炉裏の火を
つつきながら
幼かった僕に
話してくれた
しゃわしゃわしゃわしゃわしゃわ
蚕の
一匹一匹の
桑の葉を食む音はとても小さい
のに
いくつものいくつもの蚕が
桑の葉を食む
音は
しゃわしゃわしゃわしゃわ
屋根裏から
反響するのだと
それを聞いた夜から
祖母の家に泊まるときはいつも
しゃわしゃわしゃわ
と
聞こえるような気がして
いくど寝返りを打っても
うまく眠れなかった
久々に尋ねた
祖母の家は
やはり
深い雪に閉ざされたまま
主を失い
囲炉裏には
冷たい灰だけが
横たわっている
ふと
しゃわしゃわ
と
屋根裏から
ふるえる糸が
眼の端を
かすめる
あれはきっと
祖母の記憶の
残滓