ディヒ (きみを)
Giton

晴れているのに月のない空へ
昼間のように開いた駅の前、
二つ、三つ、稀な人影流れ、
出て、入り、立ち止まり、また歩き出す眺め、

いまごろ、あの人影になっていたかった、
ぼくののぞみは、ただそれだけなのに――
"Und, ach, ich kann es nicht glauben,
dass ich DICH verloren hab."

「ああ、ぼくは信じられないんだよ、
きみを失なったということが。」
DICH (きみを) に置かれたその強いアクセントが、
メープルの効いたコーヒーのように淀む。

階段を降りて外へ出ると、
きみが頭から離れないシューベルト、
フィッシャー=ディースカウのバリトン、
有線放送とファーストフードがまじり合う混沌、

地下室に籠る煙草の煙
のように漂う広場の眠り、
蛍光灯に照らされたプラットホームは
誰もいない河岸、眼の奥の濃霧が、

ここに君が立つことは、もうない
のだろうね、と意地悪な右脳にささやく、
あしたにならねばわからない、
と左脳が背伸びして答える。

わかっているんだ、ほんとうの悲しみは
明日やってくるということを、
その長い長い道を突き抜けた先には、
きみがさびしそうに歩いていることも。


自由詩 ディヒ (きみを) Copyright Giton 2009-02-23 12:54:20
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