喪失
前澤 薫

仕方ないことと思い、
メローなBGMに耳を傾ける。

沈殿した思いは、
そのまま沈殿させておくのがよい。

凝り固まり、
先に進まない時間をやりすごす。

黒一色のTV画面には
灰色の人影が映っている。

目口鼻のない、そのぼやけた人影は、
過ぎ去りし日々を映しているのだろうか。

机の上にダイアリーが開かれたまま置かれている。
細く角ばった文字が几帳面に並んでいる。

華やかなりし頃、
花咲く街を歩いた日々、
デパートに置かれたカシミアのセーター。

抱きしめられる肌もなく、
セックスの記憶も遠ざかってゆく。

ヴァイオリンの弦を弾く音が
体に溶けこんで、共鳴する。

今生きること。
それは失ったものを忘れること。

私は闇に埋もれてゆく。

BGMは飽きたように、流れなくなる。


自由詩 喪失 Copyright 前澤 薫 2009-02-23 09:42:01
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