喪失
前澤 薫
仕方ないことと思い、
メローなBGMに耳を傾ける。
沈殿した思いは、
そのまま沈殿させておくのがよい。
凝り固まり、
先に進まない時間をやりすごす。
黒一色のTV画面には
灰色の人影が映っている。
目口鼻のない、そのぼやけた人影は、
過ぎ去りし日々を映しているのだろうか。
机の上にダイアリーが開かれたまま置かれている。
細く角ばった文字が几帳面に並んでいる。
華やかなりし頃、
花咲く街を歩いた日々、
デパートに置かれたカシミアのセーター。
抱きしめられる肌もなく、
セックスの記憶も遠ざかってゆく。
ヴァイオリンの弦を弾く音が
体に溶けこんで、共鳴する。
今生きること。
それは失ったものを忘れること。
私は闇に埋もれてゆく。
BGMは飽きたように、流れなくなる。