らっかするひと
恋月 ぴの
あのひとから乞われた訳じゃない
成り行きでと言えばそんな感じだった
奥さんよりも私を選んでくれた
そんな幼い優越感が無かったといえば嘘になる
幸せだった頃に家族で訪れた事があると話していた
今の季節は無人となったキャンプ場は凍える夜闇に沈んで
雲の切れ間から薄く差し込む月明かりを頼りに
あのひとは睡眠誘引剤を掌に乗せてくれた
風邪引かれても困るからさ
後部座席から毛布を取ってくれた拍子に
大きな熊のぬいぐるみが「ごきげんよう」とお辞儀した
あのひとが一度だけならと引き合わせてくれた
くりっとした瞳が印象的なお嬢さん
いまもお父さんの帰りを待っているのでは
不思議と悲壮感などなかった
明日の訪れを拒絶したはずなのに
交わす言葉の端々に垣間見える未来への道程
ドラマでも演じているつもりなのか
それとも二度と再び戻り得ぬ事実への慄きがそうさせるのか
今日までありがとう
あのひとはキーを捻りエンジンをかけた
一瞬躊躇するかのような仕草の後
生暖かい排気ガスが二人を永久の眠りへと導きはじめ
あれれ ゆき……かな?
小刻みに震えるクルマの周りを
発光しながらゆっくりと上下する儚い綿のようなかたまり
亡くなった母の作ってくれたお手玉にも似て
こっちへおいでよと手招きしてくれているみたいで
わたし