大停電の夜に
かいぶつ

僕が生まれた小さな町では
毎日が大停電の夜だった

プロレス中継がツーカウントで
中断してしまうことは
日常茶飯事だったし
髪が乾かぬうちに
ドライヤーの熱風が
消沈してしまうのを理由に
お姉ちゃんは高校を出るなり
早々と上京してしまった

何よりショックだったのは
僕の大好きなアニメの最終話が
停電によって見ることが
出来なかったということだ
次の日、学校では
唯一、放送を見れたという
隣町から通うクラスメイトに
結末を教えてもらおうと
人だかりが出来ていたが
僕は一向に耳を傾けようとはしなかった
つまり、口惜しくて口惜しくて
しかたなかった

僕の中での主人公は死んでないし
物語は永遠に続いている
たとえ最終回がやって来たとしても
最高にハッピーエンドなはずだと
信じているのだ、今も。

大停電の夜は
そこが世界でいちばん
静かな町になったような気がした
人々の動きは壁を這う
軟体動物のように鈍くなり
視界不良なことをいいことに
秘密を打ち明け合ったり
やけに素直になって
簡単に謝ったり
簡単に許したりした
不思議と悪事をはたらく者はいなかった

この町にとって最大の娯楽であるテレビが
ゴールデンタイムに映らないとなると
住人たちのやることは決まっていた
寝るか、天体観測をするか、ラジオを聞く
その三つだった

僕はもっぱらラジオだった
アナログチューニング式の
ポータブルラジオを枕元に置いて
AMの周波数を1303hzに合わせる
特に夢中になって聞いていたのは
木曜日の深夜1:00‐3:00

パーソナリティは
テレビでもおなじみのあの人
元々ファンだったのだが
彼のラジオを聞くようになってから
より一層、好きになった
ラジオ局のマイクに向かう彼は
テレビのように遠い存在ではなく
自然体であり、とても僕たちに
近しい存在だった
そして彼自身も僕らリスナーの存在や想いを
親密に感じてくれていた

僕の価値観ってやつのほとんどは
親にばれないように
笑いをかみ殺して聞いた
あのラジオによって形成されたんだ
僕の送ったハガキが
初めて読まれたときのドキドキは
一生の宝物

僕があの町を離れて
もう何年経ったっけ?

こうしてる今もあの町で
大停電の夜に人々が
夜空を見上げたり
ラジオに耳を傾けているのかと思うと
灯りがあふれすぎたこの町に
憧れていたあの頃に戻れたら
幸せだな、なんて。

僕は電気を消して
ベランダに飛び出す
そしてボロボロのポータブルラジオの
アンテナを月に突き立て
周波数をあの頃に
合わせるのだ


自由詩 大停電の夜に Copyright かいぶつ 2009-02-19 02:35:32
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