ゴーカート・デパート
木屋 亞万

「床の光沢に負けないオレンジの山を過ぎまして
右手に見えます高く聳えているのが缶詰タワーでございます」

買い物カートは今日も走る、
添乗員と運転手の二人きり
休日なのでややカートは過密気味

カラフルな卵をいくつも持った女の子が「いかがですか」と叫んでいる
カートは止まる気配がなく、少女は悲しそうに卵をいくつか実演販売
青い卵は振るとカラカラ鳴って、割るとロケット花火が一つ飛ぶ
緑の卵は殻がボコボコとしていて、割ってみると丸いゴーヤだった
赤い卵はつるつる輝いて、割ると普通の卵、黄身はかなり濃い橙

ヒッチハイカーのような販売員の手には目もくれず
添乗員と運転手は身を寄せ合って、ドライブを楽しむ
「ほら見てもう春キャベツ、新玉葱、蕗の薹が並んでいるよ」
「旬の野菜を食べると季節を吸収できたような気がするものですね」

カートはさりげなく離陸を始め
デパートから春の野原へ
それは二人の描いた数日後の景色


生活の中で居場所が定まってくると
どこかに旅に出たくなる
反復の多い退屈な日常から抜け出して
二人きりで郊外まで出かけていくのだ


ここでは生鮮食品に紛れて、さまざまな食料品が売られている
その片隅で詩人が言葉を売っているのに添乗員が気付いた
「春が訪れる直前に詩人は爆発的な憂鬱に襲われるそうでございます」
添乗員の中指は男の頭の頂を指している
「その辺りを源泉に、春前の憂鬱が湯のように溢れている訳だね」
運転手は何やら英語でスプリングを二回言っていたが、つまらないので和訳

詩人販売員はといえば
言葉を書き続けるうちに、いつかは言葉から抜け出せると信じ
今日も紙になにやら書き付けている

カートはその前をよどみなく
流れていく


自由詩 ゴーカート・デパート Copyright 木屋 亞万 2009-02-14 02:31:59
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