思いについての断片

「手紙」

見渡す限りの誰もがのどが渇いていて
水!水!と叫びながら歩いているのに
誰にも耳が付いていないので
互いにそれに気づいていない

伝わることの無い声は
束になって風を起こしていて
歩道を冷たく染めながら
海の向こうへと運ばれていく

浜辺には 
海水を飲みながら暮らしている
耳の付いた人たちがいて
日が暮れる頃に届く風の音を聴き
一日一回の混声合唱を始める

夜になって
見渡す限りに人がいなくなった頃
それはつまり
帰り着いた誰もが
ゆっくりと水を飲み干し
誰にも気づかれないように
そっと耳を取り付ける時間に
その歌は街へと流れ着き

その音を聞いた誰もが
目を閉じて
銀色のドアノブに触れ
伝わる熱を確かめている






「記憶」

夜を過ぎるとしだいに秒針の回転は速度を増していった
目が回るようなスピード というのを僕たちは体験する
古いものは全て振り落とされ
四階下のコンクリートで花瓶のような音を立てる
飛び散った破片はどれも変わらず白く
そして飛び散ったそばから消えていく
落下した先に通行人が居ないことを確認しながら
僕はベランダの手すりにしがみ付く
部屋にあふれ出るものを整理しなければならない
そんなときだと言うのに
君は静かにコーヒーを飲みながら
明日にたどり着く時刻を計算している






「声のない」

灰の中にある言葉を
手探りで見つけ出そうとして
男はいくつもの声を聞きのがした
それは男に向けられた言葉であり
同時に何かしらの思いであったが
男は自分の言葉を探すことしか考えられなかった

最後に見つかったのは
刷りきれて消えかけた欠片のようなものだったが
男はそれを丁寧に拾い集め
長い長い間じっと見つめていた

やがて男は
静かに首を振って立ち上がると
ゆっくりと確かめるように
歌を歌い始めた


その歌に声はなかった


言葉と旋律だけがただ静かに周囲を包みこんで行った
それは遠く近く
誰のもとでもない場所に腰を下ろし
何も主張することなく響き渡った

どこまでも白く響く 声のない歌だった



自由詩 思いについての断片 Copyright  2009-02-13 00:17:02
notebook Home