再びうたう!
生田 稔
京を出でバスに揺らるる車窓より何とはなくも流れゆく景
我らには旅があれどもこのバスを動かす者はただ労と金
うすぐもり篠という場所過ぎゆきつ遠景の山そして山
世は淋し徒歩に旅せし贅沢を失いてなお足ることもなし
一人座し一人に思い独りしてこれまで生きしことを思いて
歌うたう人となりて五十年あさましきかな歌材さがすを
ポカポカと午後の陽のさす車路橋爪という街を過ぎゆく
川流れ山つらなりて光さす野は広やかに開けいて
整地さる畑地は常に目に入れど久しくは見ず手植えなる田を
全くの山々つづきたる坂道を蛇行するバス談笑の中
蟹と菜を食らいて満腹立ち上がる丹後の宿の如月の夜に
背もたれて考えだせどこの吾のつとめは歌を詠むことにあり
近頃は雪は少なく降るゆえにまばらに溜る丹後の山野
竹林のライトアップは青すぎて目になじまずに階上へゆく
左には霧にまかるる野がありて妻妹はしきりに話す
地ビールを注文すれば空腹の胃にはいりゆく出石蕎麦なり
如月に歌を詠めばふとふとふととふとふととなり
丹後の畑しっとりとして青に濡れ陽はおぼろなる真昼如月
蕎麦処湖月楼の真昼時そば待つ間には明治を語る
黒髪の妻と真向い食事なす幸せの日々七十路ゆきつ
びょうびょうと野は広がりて春を待つ霞みかかれる遠き山々
明るき陽サンサンとさす丹後道小川流れて山かすむなり
畠中の宿に泊まりてあくる朝老女見送る車に出でゆく
(歌わはずなって幾日か、再び歌います)