オーキュペテーとケライノー
木屋 亞万
クレタ島に住んでいる友達がいる
彼はよく話しかけてきてくれるのだけれど、私は返事の仕方がずっとわからない
彼はいつも一人で話し続け、たまに問いかけてくる、物理的に最も遠い友達だ
「クレタ人は嘘つきだ」とクレタ人の彼は言う
私はそれを聞いたことがあった(自己言及パラドックスというはずだ)
友達に相談するように彼は話しかけてくる
「パラドックスは厄介だ、言葉が僕を嘘つきにも正直者にもさせないんだ、君、わかるかい?」
パラドックスがパラダイスドッグスだったなら、楽園の犬で幸せなのにね
と私は返してあげたいのに、彼はただ滔々と話し続ける
「僕は間違っている。いや、言葉が間違っている」と彼は呟き、また黙り込む
私は何か正しい囁きを沈黙と発話の波間に、彼の耳元へ流し込んであげたいのだけれど
物質的な壁がそれを実現させる可能性すら奪う
私たちの間には強い風が吹いている
それはオーキュペテーの風力で、その力を借りてケライノーが立ちふさがる
しかし彼女たちの連携は何らかの意図を持って、クレタ島の彼の声だけを届けてくれる
(ケライノーは黒い、とても黒い雲だった
「オーキュペテーやケライノーを煩わしく思うかい?」と
彼が問いかけてきたことがあったので、私は彼女たちの名前を知っている
それまでは彼女たちに気付きもしなかった、今ははっきりと見えているのに)
オーキュペテーは魚のような足で空を泳いでいるように見えた
しばらくして彼女に羽があるのに気付いた、彼女は鳥だった、彼女はずっと沈黙を貫いていた、
その代わり彼女の視線は私を捉え、絶対に離すことはなかった
「彼女たちはつむじ風なんだ、君のところでも風がぐるぐると砂を弄んだりするかい?」
こっちでは腹黒い男が無垢な女を弄んだりすることがある、その逆もね
つむじ風は落ち葉と逢引しようとして、すぐに壊れていくのをたまに目にする、
そっちはどう?
そんな風なことを心の中で唱える、オーキュペテーを見つめながら
いつか私がギリシャのクレタ島に行くことができたとしても私と彼が出会うことはないだろう
二人の間にあるのは単なる距離ではなく、オーキュペテーとケライノーだからだ
オーキュペテーはずっと私を見つめているしケライノーはきっと彼を見つめ続けているはずだ
私の声は彼にはきっと届いていない、私の声は一方的にどこか他の友達に送られているのだ
それが誰なのか、私にはわからない、オーキュペテーとケライノーだけがそれを知っている
絶対に越えられないはずの壁を悠々と乗り越えて、私の返事は今もどこかへ旅に出ている