嘘を愛する
智鶴

言葉の要らない街で
見えない目を凝らしている
行き交う人はぶつかり合っては
次々に言葉を捨てていった

目の前に置いた空き缶に
君に似た誰かが言葉を入れた
手にしてみたそれは
まるで石のように固く冷たい

君が世界からいなくなってから
誰が美しいかも分からない
僕の目を持って行ってくれたのは
それはせめてもの救いだけれど
世界はもっと残酷だった

困ったことに世界の人が
皆君に見えてきている
僕の見えない目にも


光の要らない街で
聞こえない耳を澄ましている
信号も光らないその街は
事故が多くて危ない

君が世界からいなくなってから
誰が正しいのかも分からない
僕の耳を千切って行ってくれたのは
それはせめてもの救いだけれど
世界はやっぱり残酷だった

困ったことに世界の声が
皆君の声に聞こえる
僕の聞こえない耳にも


感じることのない街で
動かない腕を枕にしている
道行く人々の眼窩は暗く
奥の方でたまにちらりと光る

君が世界からいなくなってから
誰が愛しいのかも分からない
僕の腕を折って行ってくれたのは
それはせめてもの救いだけれど
世界はまたしても残酷だった

困ったことに世界の人が
皆君のように柔らかだった
僕の動かない腕の中でも


君が世界からいなくなってから
誰を愛したらいいのか分からなくて
取り敢えず今は
嘘ではないと嘘をついている
僕の感情を持って行ってくれなかったのは
僕にはあまりにも残酷だった

困ったことに
隣で眠る君じゃない人が
とても愛しくて
酷く苦しい


自由詩 嘘を愛する Copyright 智鶴 2009-02-10 00:49:26
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