花嫁のうた
オイタル
霜が降りた
歩道の黒い縁石に
雲まで忍び寄る電柱の背中に
今朝のしるしが重なる
雲ひとつない冬空の下を
花嫁が歩いていく
黒地に赤い花を揺らして
うなじに笑顔の雫を落として
半月前に妻を亡くした公民館長の家の陰
冷たく白いキャベツ畑を
サクサクと踏んでいく
陽は
これから一日をかけて
山々のいただきに沿ってゆっくり流れ
それから時のあわいに沈んでゆくわけだが
林に向かって
ひとあしごとに
歩みを崩していく冬の日
ご結婚おめでとう
* * *
花嫁が改札から姿を消す
風をはらんで膨らむ紫のウエディングドレス
右手に引きずるトランク
左手に丸めた雑誌
微笑を浮かべる細いサングラス
走り出す
ドレスのすそをつまみ上げ
無数の桜が降り注ぐホームを
人々が背を並べる隙間をすり抜けて
椅子やらゴミ箱やら
手当たり次第に蹴りつけて
ホームの屋根によじ登り
風に乗って川の向こう岸へ
全力でフライトを果たす花嫁
焚かれる無数のフラッシュ
枕木の陰にサングラス
麗しいその姿に
ご結婚おめでとう
* * *
夜の林で
花嫁が星を数えている
今日は見つけられなかった
明日もたぶん
きのうより一つ多いはずの星
幸せの数は誰が数えるの?
皿に山盛りのブロッコリイ
果たせない約束は菓子袋の陰に
果たさない約束は空き缶の裏に
ご結婚おめでとう