祖父と出会う
オイタル
斜めに西陽の差す南向きの玄関から
黒光りする板の間を
やわらかく抜けていくと
暗い茶の間で
老人が折り重なって
お茶をすすっている
欠けた茶碗が
指先でかさこそと音を立てる
奥の部屋でも
しかれたままの布団の上や
引き戸もない押入れの中に
老人たちはいっぱいだ
「しいちゃん
ちょっとこっちィおいで
このお付けもんなァ
たべてごらん
カリカリしてなァ
おいしいよ」
「いらないよ」
「わしんとこの庭にな
大きな柿の木があってな
柿の木から落ちるとな
おい聞いてんのか こら
足腰が立たんようになるってな
言われてたんだがな
そりゃもうお前
聞いてんのか こら」
雨戸を開けようとすると
いっせいに
身じろぐ老人
老人たちに挟まれて
祖父が笑っていた
ようやくそばまで近寄って
「あのときは
何も言わないでいってしまって」
というと
「もうずいぶんと長くなった」
そう言って泣き出しそうな祖父に
暖かい痛いものが体中からにじみ出して
僕を満たそうとするので
声に出さずに
泣いた
夜
許可をもらって外へ出た
首の曲がった祖父と二人で
黙ったまま屋根にぶら下がり
夜空から庭を見下ろす
背の高かった祖父は
ぼくの肩の高さほどになった
鳥小屋の上で
補助椅子付きの自転車が
カラカラ車輪を回している
祖父はいつのまにか
地面のふちまで顔を広げて
ぎしぎし笑っている
「こうしているのも
いっときのことだ」
と祖父は言う
僕はやっぱり
黙っていた
茶の間に戻ると
老人たちは折り重なり
互いの細い足のあいだや
汚れた耳の陰から
腕を伸ばしたり曲げたりして
許された眠りを眠っていた
さよならを言う僕に
祖父は指先をゆっくり伸ばし
唇をかすかに動かして
黒々と笑う
廊下に出て雨戸を開くと
しろがねの雲がすばやく
すばやく流れていった